昔から、「友達」の意味がわからなかった

 

先日の『男女の友情は成立するのか』記事を書いている際にアリストテレスの友情の定義について知ってから、自分の中の友人観を振り返っていました。なぜなら、この年になるまで「友達」という言葉が解らないできたからです。

一体、どういう関係を結んだら、「友達」と言っていいんですか?「友達になってください」って頼んだら名乗れるものなんでしょうか?

なんとなく使っていた言葉をなんとなく使えなくなって15年ほどたちます。

“Friend” の定義がさだまらない

日本以外でも不思議に思っていました。

海外によく行っていたので、便宜上 “friend” という言葉は頻繁に使います。とくにラテンアメリカやアジアに行って観察した界隈では、一回会っただけでも、ふた回り年上でも、ビジネスパートナーでも、友達以上恋人未満でも、全て ” friend “でくくってしまう傾向にあります。

しかし、その言葉を日本語に置き換えて、よく舌の上で転がしてみた時に、その定義の奥を覗くことができないのです。相手に対して身構えず、信頼しきったように “friend” という、その態度が不思議でした。

定義とか考えるべきことじゃないんじゃない?と言われそうですが…定義を考えざるを得ない出来事があったんです。そのために、人間不信がひどかった頃のことを語らせてください。大丈夫、(主観的には)希望で満ちた終わり方にするつもりです。

夢想に夢中で、自分の正義を信じすぎて、現実の把握が難しかった

そもそも夢みがちな子供だったので、世界の前提が「他者への善意」でした。それゆえ他の人間への無垢な期待があまりにも高くて、絶望してしまう土壌が出来上がってしまっていました。

みんなが直感的に「世界は自分の思い通りにはならなくて、それゆえ乗りこなして行くべきもの」って捉えているだろう時(あるいは何も考えていないけれど何となくうまくやれている時)に、他人との分かり合えなさ・世界の思い通りにならなさに打ちひしがれていました。そう、期待しなきゃよかったんだけど。

わたしは小学校〜高校時代はずっと、同年代の子供たちの中では「下位層」でした。その頃は「スクールカースト」なんて言葉は使われていなかったと思います。でも言葉にならない中で、どうやら自分は「下位層」で「教室の隅にいるべきカテゴリ」に属している、と感じていました。

今になったら少しは客観的な反応が予測できるようになったので分かります。たしかに、わたしはウケない。頑固で、話がそれほどおもしろくなくて、でも間違いをあまりにも率直に指摘してきて、アレルギー性鼻炎持ちで、運動が特にできるわけでなくて、見た目のぱっとしない女の子は、誰にとっても魅力的には映らない。

保育所時代から、「言っていることは正しいし、喧嘩が起こったときなんかあの子に聞くのが一番理解しやすいけど、ただただ口調がきつい」と保母さんに評されていたらしい。どんな4歳児なんだ…! まあ、どうにも人の気持ちを慮れない子供だったようです…。

小学生のヒエラルキー戦略恐ろしい、それに無知だと社会的に死ぬ

小学校にあがると、ニコラやピチレモンを読んでいてspeedが好きな女の子たちが、「キャー!虫怖い!」という態度をとるようになる中、カマキリをつかまえて袋にいれて教室に持ち込んだりしていたので、相変わらず少し遠ざけられていました。(みんなどこでそんなアイドルやファッションを知ってくるのか不思議だったのだけど、今思うと雑誌だな…。まったくアンテナが立っていなかった。)

「変な子」をおもしろがる風習を持ったコミュニティなんて、田舎の公立小学校の同級生の間にはないわけで、一部の「気にしない」子以外の小学生にはそれは奇特に映ったでしょう。

大学に上がってから、昔から虫が好きだしそれを公言してきていて、かつ自己肯定感がバリバリ高い女性に会ったりもしたんですけど、「いやわたしが小学校で孤立感を深めてたとき、あなたみたいな人いなかったけど…どこにいたの!?」という疑問が沸きました。ちなみに、それは未だにまったく解決していません。

もちろん幼少期の疎外感には、自分にも多いに原因があります。もうちょっと、周りに合わせて穏便に生きる方が楽だと気づけていたらよかったのに…めんどくさいものを避けるとか、楽な方に行く、という考えがまったくありませんでした…。

たとえば、どうも昔から、女子群の中の「お山の大将」とぶつかるきらいがありました。たいてい、そのボスのお気に入りの「寛容な子」とお近づきになりすぎる事が原因だったはずです。そして、わたしの反抗的な態度に怒ったボス女史は、手下にミズカミさんとつるまないように、と通達を出す。わたしも学習しない子供だったので、同じような構造の出来事が何度も起こりました。

当時の自分の心境としては、「せっかく仲良くなった子との時間を関係ないヤツに邪魔された!」くらいの感覚だったと思います。そういうおっとり寛容型の子って、ちょっとエゴが強い人間もあまり気にせず受け入れてくれるので、私の需要とお山の大将の需要がぶつかりあってたんですよね。だから相手が間違っていると指摘して、それにたいして気分を害されて、そして人員組織が出来ないわたしが敗北していました。つらい。構造と、双方の思考回路と行動が全部つらい。

「親友」が解らなくなってから、15年こじらせる

ただ友達観が本格的にぶっ壊れたのは中学生の時でした。ちょうど思春期です、ダメージの浸透が大きかった…。中学生になって、部活動が一緒だった子が「親友」となり、それが崩壊したからです。

まず、ここから自分の選択の意味がわからないのですが、その部活は活発な子が多いテニス部だったんです。テニスがしたかったからテニス部に入ったのですが、「テニス部に入る子の多くはどういう性格か」は全く考慮していませんでした

なんなんですかね?あの公立中学の部活の部族感。卓球部と演劇部がオタクで、文芸部は勉強ができて、吹奏楽部がスクールカースト真ん中で、野球部や陸上部は真面目か面白いヤツで、バスケ部がリーダー気質、みたいな。そして女子テニス部が恋愛至上主義で、隣のサッカー部と日々恋の駆け引きを繰り返している…みたいな!!

まぁちょっと間違えたかも、と入ってから気づいたテニス部にも真面目な性格の人もいく人かいて、そのうち一人と仲良くなることができました。彼女からわたしを「親友」とまで称してくれるくらいに仲が良かったので、「これが親友ってやつかあ」とうれしくて、ぽわんとしていました。あのはみ出しっ子にもついに無二の友人ができた、ってそれこそ漫画みたいに。

先輩たちが引退したあと部長になったAさんは、いわゆる「お山の大将」気質の女子でした。そして一緒に居る相手に甘えるのが上手で、教師までもうまく動かす、そういう戦術を無意識にもっている子でした。なんだろう、政治的リテラシーを先天的に身につけている、というか。

ある時、わたしは彼女と衝突したんです。理由は覚えていません。その程度の理由だったのでしょう…。それから冷遇されるようになりました。

もはや部全体が彼女の手下のようなものになっていましたから、他の部活メンバーもあいまいな表情を浮かべながら横をとおりすぎてゆきます。イジメとされるような加害はしないけれど仲間にもいれない。中学生ともなると、人間賢くなってきます。

しかし「親友」の事は信じていました。だって「親友」なわけですから。どんなときでもそれは崩れない、と安心していました。で、それが「親友」だった女の子がわたしの言動を逐一相手に報告していたと明るみにでた時、すべてが崩れ落ちました。

あれ、友達ってわたしが思っていたものと違った…? とそこから解らなくなり、誰に対しても一歩引いた態度をとる、という方策を20代半ばまで引きずりました。それまで「まさか裏で自分の悪口を言って笑ったりしないようなコミュニティがある」なんて信じられなかったんですよね…。

わたしの親友観はおそらくテニス部が貸し借りしていた少女漫画で培われたのですが、ロシア文学でも読んでおけば他人に過度の期待をしなかったのかもしれません…。少女漫画、わたしの現実を反映していなさすぎて悪影響でしかなかった…。夢と現実を分けることが出来なくて現実に漫画の理論を当てはめようとする読者がいるとは、まさか作者も想定していないであろう…。

少年漫画の主人公は「絶対ヒーロー」主義も微エロも好きではなかったから、あの時代自分が読むべき漫画は一体何だったんだろう。(しかしそれ以前に、そもそも漫画を禁止されている家庭だった。)

さて、その「親友」だった子は、わたしが部活を引退して楽しい中三時代を送っている頃(勉強ができたので、受験シーズンの公立中学ではちやほやされたのです)、謝罪の手紙をくれました。誠実な手紙でした。『傷つけてごめんね。大切な友達なのに裏切ってごめんね』と。

それを読んでも、何の感情も生まれませんでした。人はこんなに極端に態度を変われるものなのだなあ、とただ、不思議に思ったっきりでした。卒業の頃には笑顔であいさつをすることはできましたが、二度と深い話はしませんでした。その後も彼女から何度かコンタクトをとろうとしてくれたことがありますが、わたしは結局それに応えられませんでした。向こうからみると、わたしも冷たい人間に見えているかも、と思いながらも。

今から思い返すと…

相手の立場で物事をみてみようとした時、ただ彼女はとてもまじめでいい子で、部活の雰囲気の中で定義された「正義」をきちんと守っていただけでした。自分自身で自分なりの善悪の判断をして、それが揺るがないまでの確固とした理由付けなんて、中学生には難しすぎました。

今は「同志」「仲間」「同じニオイのする人」「面白いので経過観察したい人」と勝手に分類づけて、それなりに愉快に人付き合いをしてますが。でも、便宜上・社会通念上の「友達」や”friend”という言葉を使うとき、いつもどこかで違和感を感じます。

だからアリストテレスの考え方は結構響きました。そもそもまるっと括ってしまう種類の関係性じゃなかった、ってことですね。同じことばで括られてしまっているものを解きほぐしてもっとしっくりくるように分類し直してみたときに、癒えるものが大きい。

まあ、ここまで生きてみたら、こんな人間でも自分が心地よいと思えるコミュニティに出会えたから、人生とりあえず生きておけば何とかなるもんなんですね。

管理者側の都合で多種多様な40人が同じ教室に押し込められるような状況はもう自分の人生には起こらないだろうし、生きている間はゆるく生き延びたいです。