自分と感情を切り離して考えてみる

 

一度学生時代にストレスに耐えきれず家から出られなくなって、カウンセリングにかかったことがあります。

もともと感情に圧倒されて行動や思考のコントロールをしきれないことがよくありました。これを自分では、『感情が急流』とか『情動が乱暴』とか呼んでいます。

わたしのカウンセラーは、「感情の勢いが強すぎて思うように身体と意識が制御できない」というわたしの訴えをひとしきり聞いて言いました。「自分の感情を赤ちゃんだと思って抱きしめてあげたらいいのよ」と。

感情の抱きしめ方、は具体的には結局わかりませんでしたが、わたしなりに解釈した結果、自分の中に『認識』というキャラを生み出すことに成功しました

イメージは、こういう感じ。

思考も認識も結局理性の範疇ではあるんだと思うのですが、今まで「落ち着け自分」と思考の部分で言い聞かせても「だって辛いだもん!無理!」と叫ぶ感情をどうすることもできていませんでした。

「そうか、私はとても傷ついているのか」という理解の段階を挟むということはつまり、自己と感情を切り離して観察しているということ。結果的に、感情に左右されないで思考に移行することができるようになってきました。

まあまだわたしの認識さんはまだまだ弱小なので、たまに暴れる感情に負けるんですけど…

この漫画のように、「つらい気持ちを感じる」という言葉を使って平静に自分の感情を観察することができる、っていいかも。言葉が変わると感じ方も変わるのは本当に不思議ですが、実際効きますね。

 

ポジティブ・ネガティブに関わらず「自分の感情を把握し、受け止めること」が心の健康に良いというのは心理学でも研究されている内容。

参考に、アメリカの著名心理カウンセラーのTed動画を置いておきます。

10分台にその話が出てきます。(日本語字幕あり)

 

最近よく名前を聞くようになったマインドフルネスなんかもこの考えですね。

マインドフルネス(英: mindfulness)は、今現在において起こっている経験に注意を向ける心理的な過程であり、瞑想およびその他の訓練を通じて発達させることができる。マインドフルネスの語義として、「今、この瞬間の体験に意図的に意識を向け、評価をせずに、とらわれのない状態で、ただ観ること」といった説明がなされることもある。

Wikipedia『マインドフルネス』

 

辛いとか悲しいとか怒りとかはあって然るべき感情であって、それをどう扱うかが問題。

感情→認識→思考→行動、という流れで身体と意識をちゃんと自分のコントロール下において穏やかに健やかに生きたいですね。