あの頃わたしが知りたかったことを翻訳業界志望の就活生に伝えてきた

 

先日、翻訳業界志望の方から、就職活動の相談を受けました。

その話が入ってきた時、「うへぇ、わたし就活最後までしてないんですけど大丈夫ですか…?」と、思いました。でも5年フリーランスとして働き、海外大学院に行ってグローバルエリートを観察していれば、社会を動かす人・要領良く生きている人の生態が少なからず見えてきます。だから自分が22才の頃には見えていなかった社会の姿を、今現在悩める女の子たちに伝えることはできるはず。わたしの屍を越えて行ってくれれば…との思いで、翻訳業の道に進みたい大学院生の相談に乗ってきました。

そもそも新卒翻訳業は狭き門

相談をしてくれたのは、現在英文系の修士課程に在籍しているRさん。ひとりで本を読む時間を愛し、コツコツと物事に取り組むことを得意とする彼女は、どうやら文芸作品の翻訳をキャリアとして考えているようでした。きっかけは、大学院で文学翻訳の授業を取ったこと。でも、やっぱりその道へのアクセスの仕方がよくわからない、ということで翻訳を生業のひとつとしてきたわたしに話を聞こうと思ったようです。

小説翻訳家が難関なのは言わずもがな

まず翻訳の業界には大きく分けて「実務翻訳(産業翻訳)」「出版翻訳」「映像翻訳(字幕翻訳)」のカテゴリがあります。一番パイが大きいのは、企業内文書や契約書などを請け負う実務翻訳です。翻訳と聞いて大勢の人がイメージするのは海外小説の翻訳ですが、なりたい人の多さに比べて需要は小さいし、自分の母語センスとコネクションに依るところも大きいので、誰でも道順通りに進めばたどり着けるゴールではありません。

ある翻訳者さんが体調を崩されて、その方が訳されるはずだった本の訳者を選ぶ、「もうめちゃくちゃ杯」というコンペが開催されているのですが、経験不問ということで、編集者さんの予想を大幅に超える、約260名もの応募者が集まったそうです。

文芸翻訳家になるには(あるいは出版翻訳家になるには)

ですからわたしはRさんに、「そのまま博士課程から研究者の道に進んで、大学に在籍しながら本を訳すと言う道は選択肢にないのですか?」と聞きました。するとRさんは「教えることや人の指導は自分向きではないと思う」そして「博士課程に進むとしても、お金の問題もあるのでいったん就職したい」と答えました。つまり、新卒でインハウス翻訳者(社内翻訳者)になりたいということ。

インハウスの文芸翻訳者って、わたしは聞いたことがありません。存在するとしても、ものすごく稀有な存在だろうと思われます。文芸翻訳を始めるには、自分で翻訳されていない本を見つけてきて試訳をし、原作者にアプローチして許可を取った上で出版社に持ち込むか、翻訳コンテストに入賞するのが近道。結局、自分から動いて実績を獲得しにいける人が強いのです。

「あなたにも翻訳出版ができる!」とうたうサイトも複数ありますが、講座を受けるなり会員になるなりして、自分がまずお金を払ってコミュニティの一部にならなければいけません。それを避けるなら、自分で頭を使って企画や持ち込みをする意気が必要です。お金を払わずして道を用意してもらおうと思うのは甘いのだ……。

どんな業界でもそうだと思いますが、名刺交換会や交流会を探し出して潜り込み、自分の業績や自主制作を出版社関係者に手渡せる、なんてところまでできたら、何らかのとっかかりは得られそうです。コロナウイルスの蔓延するこのご時世にはまだ難しいですが、こつこつ自主的にでも制作と勉強を続けて、チャンスを逃さないようにしたいですね。

いったんコネクションが出来たら、そこから芋づる式に「いまこういう人探している知り合いがいるんだけど、どう?」なんていう問合せが直接きたりします。最初は一握りの業績と一握りの人脈から始まるもの。それを無碍にせず、仕事を選ばず、着実にこなしていけばリピーターになってくれる人も増え、最終的に仕事を選べる人間になれるはず。フリーランス生活は、もはや正直そうやって人の紹介で成り立っていたりします。

実務翻訳の新卒採用も少ない

対して実務翻訳の分野では少ないながらもインハウス翻訳者の新卒採用はあるようです。しかし懸念点は…

●翻訳プログラムを持つ大学は増えているが、新卒で翻訳者を募集している会社は圧倒的に少なく、門戸は狭い。要因は、専門知識不足、原文読解力不足、テクニカルライティング力不足が考えられる。

●企業内翻訳者の特徴を挙げると、多くは派遣社員であり、正社員の場合は他の仕事と兼務になることが多い。

ー日本翻訳ジャーナル『プロの翻訳者になる道』 から引用

また、インターン制度を取り入れている会社も、ほとんど見当たりません。

それから、企業の言語支援専門職だと通訳・翻訳を両方兼任することを求められる場合も多いと思います。例えば任天堂の新卒採用サイトをみてみると、「通訳コーディネーター」という職があり、職務内容に翻訳も含まれています。Rさんは翻訳のみの専門家になりたいようなので不向きかもしれませんが、言語支援全般に興味がある人にはいいですね。

いったん企業に翻訳担当者として就職することができると、独立するのも比較的簡単になります。元いた会社から仕事を回してもらう人もいますし、また蓄積された知識やマナー、情報収集方法やタスクマネジメントの術を社内できちんと吸収しておくことは、どんな職種に転向したとしても役に立つはず。トライアル時点で、特定分野の専門知識や翻訳業への知識のアピールにつながります。

翻訳会社のトライアル(翻訳の実力をはかるテスト)を受けて合格し、在宅翻訳者として仕事を受注するのが一般的。企業に就職して社内翻訳や翻訳チェックなどに携わった後に独立する方もいます。

ーフェローアカデミー『実務翻訳(産業翻訳)について』 から引用

ちらっと映像翻訳について

映像翻訳の説明はこちらこちらをどうぞ。

ちなみに映像翻訳といっても、編集され切った元言語字幕付き映像もあれば、素材映像を扱っている会社もあります。ドラマの字幕翻訳というイメージを持っていると、下手すれば文芸翻訳と同じくらいに狭き門かもしれません。映像翻訳会社に登録していても、その会社が扱っているのがニュース映像なんかだと、即着手即納品を求められたり、セミナーの聞きづらい音声を自分で拾って訳すなんてことになるかも。一体自分がどのような映像に着手するのか、予めきちんと情報を仕入れましょう。

また翻訳支援ツールや字幕データフォーマットなどを扱うため、3カテゴリのなかで一番ITをわかっていないと辛いかな、という分野ではあります。とは言っても、ラップトップで色々なアプリをごりごり使い、Youtubeに自分で動画をあげたりできれば大丈夫なレベルかと。

就活と同時にRさんがすべきこと

Rさん自身もボンヤリとしたイメージしか持っていなかった部分を言語化して考慮した結果、そもそも新卒で翻訳に携わるには、インハウス実務翻訳家を目指すのが妥当だろう、という結論に落ち着きました。でも、時間があって失敗もしやすい学生のうちに、文芸翻訳家になるための道筋を把握しておくことも戦略として大事です。そこで、就職活動までに若干時間がある今のうちに、優先的にとりかかるようお勧めしたのは以下の2つです。

  1. 翻訳の授業講師に試訳を持って行ってフィードバックをお願いする
  2. とにかく語学試験のスコアを上げる

そもそも文学を専門とし、翻訳もしている先生が手の届くところにいる環境は貴重です。是非利用し倒してください、とお伝えしました。文芸翻訳家になる道のりのどのあたりに自分がいるのか、それを把握するための最善の方策に見えるからです。講義を受けている生徒が試訳を自主的に作って持って行ったなら、先生も多少であれば見てくれるでしょう。先生本人が無理でも、その研究室の繋がりに助けを求めることができる環境にいるわけで、在学のうちに行動しておかないとハードルが上がってしまいます。

同時に、英日翻訳者として採用されるために、「語学力スコアを爆上げしてください!」とお伝えしました。わたしの肌感覚でしかないですが、英語ならTOEIC900点以上、TOEFL スコア100以上、IELTS スコア8.0以上あったら雇ってもらいやすくなると思います。これは、英語圏の大学・大学院で通用するレベルの英語力です。英日翻訳は人数も多い分、特定分野への深い知識や、テクニカルライティング、コピーライティングスキルといった “売り” がないとなかなか食べていける収入の維持は難しい。しかも「英語を使った仕事をしたい!」と思っている人が多い時代、通訳翻訳はまず思い浮かびがちな職種です。まっさらな人材を育ててくれる企業が少ない中、未経験で新卒採用してもらおうと思うと、そのくらいの英語力が必須なのです…。

Rさんの場合、知力と日本語力は通っている大学院と研究内容が示してくれていますし、自分の性分や興味に照らし合わせて進路を選んでいるあたり、志望動機も適切です。コミュニケーション能力も、淡々とかつ穏やかに自分の考えを伝えられるので、この業界で仕事しやすそうだな、と思いました。履歴書や志望動機を添削する必要があれば、わたしの知人である会社員を紹介するお約束をし、いったん話は終わりました。

自分の行きたい業界の人間を人脈の中から探してきてアポを取り付けて話を聞けるなんて、23歳時点のわたしよりよっぽど人間社会に張り巡らされた知識構造を読み取れている学生さん。なんとも有望だなぁ、と帰り道にしみじみしたのでした。

フリーランス志望の方は…

ちなみにフリーランス志望の人も、そのくらいの語学力を示せれば、若くたって業務経験がなかったって、少なくともトライアルを受けさせてもらえるチャンスは増えるはず。わたしも、翻訳会社の中の人とお知り合いになった時に、納品水準を教えてもらってからめちゃめちゃテクニカル英語ばっかりやっていた期間があります。チャンスをいただいたのは偶然だったけれど、それを次の仕事につなげられたのは、その時に必死に食らいつき、仕事の問合せがきた時に即座に自分の能力を示せる状態にしていたからだと思っています。

フリーランスを目指す場合、Conyacその他のクラウドソーシングサイトで、翻訳作業を実際にやってみるといいですね。最初は安価なものしか獲得できないと思いますが、実際の仕事に付随する作業を知って、本当にその仕事が自分に合っているか把握するには有用です。


エージェントにいざ登録するときに、「今までにこういう案件を受けてきています」と示すこともできます。小さな案件でも、全く業績が無であるよりはよっぽど信頼がおけます。

またそうやって小さな実績を積み重ねていってはじめて、エージェントに自分の熱意と能力を提示できる土台が出来上がるのだと思います。「こんな金額しか稼げないのか…!」と愕然とするスタートですが、わたしのような人間にとっては、コミュ力搾り取られるよりはよっぽどマシ。

参考情報

ある分野に興味がわいたら、まず関連書籍をざっと読むというのは定石ですが、今は信頼おける書き手の推薦本記事が無料で読める時代なんですねえ。
こういう感覚を頻繁に味合うということが、歳を取るということなのかもしれない。付いていけるところまでは、付いていきたい。

いくつかあるうち、「翻訳者をめざす人のためのブックガイド42冊[芋づる式! 岩波新書]がよかったです。

 

また、以下のエバンス愛さんのブログには他にも多くの翻訳志望者向け情報が詰まっているので、是非読んでみてください。

プロの翻訳家になるには最短でどのくらいの年月が必要?

 

就活全体的にはトイアンナ『就職活動が面白いほどうまくいく 確実内定』で、人事側からみた就職活動と就活生に本当に必要なスキルを把握できます。わたしも自分の就活時代にこれがあったら、もっと頭を柔らかく、何が求められているか誤解しないで自分に適した会社を見つけられたのかも…と思います。

先が読めないご時世ですが、どうか自分に適した職を見つけ、仕事も充実した人生の部分として過ごせる人が増えますように。