【書評】新しいメガネで見た世界は眩しかった:『お砂糖とスパイスと爆発的な何か』

 

今日は、わたしが好意的に文学批評を見ることができるようになったきっかけの本、北村紗衣『お砂糖とスパイスと爆発的な何か ―不真面目な批評家によるフェミニスト批評入門―』(書肆侃侃房、2019年)を紹介します。

表紙はしっとりとした藤色と黒、でも本を開くと見返しは、ど蛍光ピンク。これだから紙の本はやめられない。

著者はシェイクスピア文学のフェミニスト批評を専門とする研究者ですが、一般読者に向けて書かれた本なので言葉遣いはやさしく、専門用語が出てきたとしても説明を加えてあります。筆者が自分のことを “不真面目な批評家” と名乗って腐女子目線やツンデレ概念で分析を展開したり、「バズ・ラーマン監督映画の女優は、男優と比べてちょっとブス」(p.186〜)と言ったりする本です。むしろ親近感のある言葉で学術世界で独占されがちな知識・視点の敷居を下げていて、とても親切。巻末にはきちんと参考文献リスト付きという気の行き届いた作りにも、嬉しくなりました。

フェミニズム批評を知っているかどうか以前に、Twitterで知ったこの一冊を読むまでのわたしはあまり文学批評が好きではありませんでした。むしろ自分が作品に没入するのを妨げてくる、「厄介なうんちくおじさん」たちだと思っていた…。それが、現代日本の女性批評家の本を読んだことで、楽しみを邪魔するのではなく視点を増やしてくれ、しかも自分が無意識に内面化している誰かの偏った視点を解体することができるツールだとやっと気づけたのです。

これまでのわたしは、文章を読むときに頭に流れる映像の疾走感を映画のように堪能したり、本の世界に没入して登場人物の体験や感覚を共有することを、文学の楽しさと理解していました。大学もうっかり入った英文系の学部でしたので、イギリス文学アメリカ演劇の授業が必須科目でしたが、当時はあまりにも眠たく偏屈な解釈を押し付けられる授業だと言う感覚にしかなりませんでした。現実世界の流れの中では自分を肯定できず物語にすがるしかなかったあの頃、共感できるものばかりを愛していました。そこから飛び出して「様々な人間の視点を理解したい」、そう願った時に手を伸ばしたら文学批評がありました

別に、文学批評を必要としていなかった今までのわたしも、間違っているわけじゃない。批評は、文学そのままじゃあまり楽しめない、あるいは素の文学じゃ物足りなくなった人が多方面から楽しみ尽くすための双眼鏡のようなものだから。

何かを見て面白いとか、美しいと思うのはとてもステキなことで、それだけで価値がある体験です。問題は、それだけでは満足できなくなった時です。ただ「面白かったー」がなんとなく物足りなくなってきて、もう一歩、深く楽しんだり、調べたり、理解したいな……と思う時に必要なのが「批評」です。

ー『お砂糖とスパイスと爆発的な何か ―不真面目な批評家によるフェミニスト批評入門―』まえがき、p.9

文学批評を読んで「その視点で見たら面白いのか」と気付けることは、今までぼんやりとした景色の中で素通りしてきたものが、新しいメガネをかけることにより浮き立って見える感覚に近いです。「あれ、今までも通ってきた道なのに、こんな素敵な店があったっけ」と。今まで楽しんでいた文学も、女性の性欲や隠された同性愛のメタファーがあるとまったく違う景色になります。そして、自分が愛する作家の、解釈に余白を持たせる力量に驚嘆する機会も得られるのです。

また批評と言う物差しを手に入れたことで、わたしは嫌いだった読み物も楽しめるようになりました。なぜ自分がこの作者の考え方に共感できないのか、作品に没入できないのかの理由が言葉で明確になるからです。楽しいものを楽しく読んでいる時より、嫌いなものをなぜ嫌いなのか解釈して読んでいる時の方が、「自分」と言うものが明確に立ち現れる気がします。

本書の中で、著者北村紗衣さんは「わたしはディズニーが嫌い」と明言しています。その理由の分析は、彼女がTwitterでアンチコメントを粉砕する鮮やかさに通じるものがあります。むしろ、逆か…フェミニズムや政治批判というツイッターの激流部分に立っていても、丸くなったり崩れたりしないsaebou(*北村紗衣さんの愛称)先生の本懐。

嫌いという感情はそのまま受け止めて、すこし突き放したところでその理由を吟味するとなんらかの糧が得られる。さも、傷が入って売り物にならなくなったリンゴが、生搾りジュースとして活きるかのよう。人生の楽しくない時間をリサイクルする術がここに…。

これ1冊読んだだけで読後の芋づる式ブックリストが長くなるのは必至です。古代ギリシャの文芸なんて、どう頑張っても自分から手を伸ばすところに位置していないものの面白さを布教されてしまった…(p.204〜)。私は1ヵ月に4本映画を見ることを自分に許している(許可制にしないと廃人になるので…!)のですが、本著によって文学だけでなく映画やバーレスクも視界に入ってしまい、しばらく許可量を1本増やそうかと考えています。

感情を揺り動かされる体験そのままの楽しさ、そして脳内で視点をホッピングし様々な解釈を味わう楽しさ。両方を意識的にスイッチできる生き方は、退屈する暇がなくて一番お得だと思います。そういう技術を与えてくれた一冊になりました。