陽だまりと鴨川デルタ

数日ぶりの陽気に、つい仕事を放り出して散歩に出た。こんな気持ちのいい、嫌な気持ちを溶かしだすような陽光、心ゆくまで味わわないともったいない。

バスに乗り、鴨川と高野川の合流地点、いわゆる鴨川デルタに着いた。森見登美彦の作品の原風景は、これか。

静かに蕾を準備する桜並木の下の低い石垣の上に腰を下ろし、さっき買った出町柳ふたばの桜餅の紙包みを開ける。

名高い豆餅ももちろん好きだけれど、ちょうどよい舌触りを残した桜餅も、とても好きだ。しばらく陽射しの中で桜餅を眺めて、匂いをかいで、それから頬張る。のどの奥の方に気持ちがいい桜葉の香りが行き渡る。

顔を上げると、目の前にはユニクロのウルトラライトダウンを着込み、腰に手を当て、川の方を向いてたたずみ続ける初老の男性。何を思っているのだろう。回想だろうか観察だろうか瞑想だろうか。

それから、手を取り合って飛び石をわたるカップル。二人とも、そろって落ち着いた色のロングコートとセーター、ブーツに大きめのショルダーバッグ。授業終わりの学生たちだろうか。男性の方のすました顔が、幸福感のあるはにかみ顔をする女性の表情をより眩しくしている。

右側にはラクロスの道具を持ち、橋にボールを当てて練習している3人組。ラクロスの、あの網かごのついているスティックって、本当の名前はなんだろう。そう思っているうちに左から、右から、また右からランナーが視界を横切る。

下手な音程で、のびのびと歌う声がどこから聞こえてくる。声の主の姿を探すも、見当たらない。橋げたの下にでもいるんだろうか。声がよく響くもんね。気持ち良い陽射しの下で歌うのは楽しそう。そしてここでは誰も止めに来ない。

降り続いた雨のあとの、しっとりした地面にふれる。

わたしは大きく伸びをして、芝生に転がった。服が濡れるだろうけど、かまいやしない。自分の身体の外側の、流動する世界を感じたかった。

空を見上げていると、大きくなったり小さくなったりするトンビ達がいて、ときおり降り注ぐその鳴き声は誇り高く聞こえるけど、実のところトンビ同士にはどう聞こえるんだろう。飛び交うトンビと条雲をみて、時の流れだけを感じようとしてみる。息をするのが気持ちいい。

小鳥のチチチ、という声、足元をゆうゆうと通り過ぎるドバト、川の真ん中で波紋を作るシラサギ、日本語じゃない言語を発しながら駆け回る子どもたちと、それに驚いて飛び立つスズメの群れ。

二人で空を眺める人、一人で川を眺める人、コンビニの肉まんを食べる人、 Instagram にあげるだろう写真を撮影している人

みんな傾きかけた日差しに照らされて、鴨川デルタという都市の余白を遊んでいる。

都市の間中を流れる、ささやかな河原を持った川が好きだ。どんな属性の人が何をしていようと、たいていは束縛の目線にさらされずに許される。もう文化的、社会的なインフラと言ってもいいような気がする。

そんなことをボーッと考えていたら、肌寒い風に撫でられ、我に返った。すでに太陽は空の下辺を黄色くしている。

冷たい背中にジャケットを羽織って、そうっと立ち上がる。くるりの『京都の大学生』でも聞きながら、そろそろうちに帰ろう。