光の下では見れたもんじゃない


「私たちがどれだけ君に目をかけ、そして目をつぶってきたか、忘れた訳じゃないだろう!?」「それだけ能力があって、どうして人のために使おうとしないの。あなたの力で貢献できることってたくさんあるんだよ?」

指導教官たちの声と、理解に苦しむといった表情がいまでもありありと目に浮かぶ。

機械学習の学徒として年相応以上の業績を叩き出したが、僕は博士課程も終わりに差しかかったころ、アカデミアに存在する自分をすっぽりと脱いだ。何か違うことをやってくれるんではないか、という期待で着膨れした環境から脱した今は、一介のプログラマとして山梨の一軒家にちんまりと暮らしている。走り抜ける軽トラの音がときおり、そして自然の造形物がかさこそがさがさ音を立てている以外は、生活を細切れにする音はさし挟まってこない。そこそこ穏やかで充足している、幸福と定義していい生活だと呼べる。古びたソファにもぐりこんで木漏れ日を眺め、すぐそこの木陰でコノハズクが寝息を立てているかもしれないと思いを馳せるだけで、心の中をすがすがしい香りがよぎる。

僕は疲れていた。成功しなくていい、賞賛されなくていい。それよりも、もう嘲笑と奇特の目に晒されたくない。所属する機関は、自分の身を守るための装置にすぎず、自分の熱意のままに向かった先ではなかった。むしろ逃げ惑って身を隠した丘陵であり、飢えないための手段だった。たくさんの情報と思考と議論が行き交う豊穣な街で、その言葉を自分のものに仕切れないまま、どこにも自分が腰を落ち着けて安堵する東屋を見つけることができずに休まらない精神が痛かった。

太陽(の側に僕からはみえる)側からみれば僕は傲慢で、怠惰だ。努力せずに環境にあぐらをかき、頑張る側にそっぽを向いている。人は太宰をひいて、「中二病」だと僕をからかう。自分をもっともらしいブランドで包み、万人につたわるよう美しくトリミングされた言葉で社会に訴えることが、どうにもできない。素敵な事業を素敵な笑顔で営んでいる夫婦とまっすぐに関係を結ぶことができない。「斜に構えた」と表すのでは、足りない。

退廃的な生き方を自認し、それを冷笑した態度でエッセイを生産する人たちの方がまだ親和性があるように見える。でもそんな鋭利な勇気ももたず、窮鼠猫を嚙むまで追い詰められることもなく、そこに入っていくこともできない。

今のこの国の現状では、僕の技能を換金することはたいへんに容易い。僕が偶然に学習環境に流れ着き、とくに苦労なく習得した技能を使える人員が足りていないのだから。週に1度短期的なプロジェクトの締め切りをこなす、それで十二分に食べていける。見守るべき家族ももたず、持病もなく、借金もない。少しばかりの新鮮な食べ物と、家具と、本と、嗜好品。仕事を問題なくこなし、オンラインで提出し、オンラインで感謝され、満足して散歩に出る。独りになれる場所では、除け者にされることへの恐怖は表出してこない。

時たま心に晴れ間がさした時に、人恋しくなって町のカフェに行ってみたりする。または勇気をだしてイベントごとに顔を出し、誰かと会話をしてみる。今度こそ、穏やかな内面を保ったままこっちの世界に入れるくらいに自分は成熟したかもしれない、という期待を抑えて。

詳細は割愛するが、そんな場で会い、それなりに自分の断片を無加工で差し出したつもりだった人の言葉を耳にはさんだ。

「知識ばっかりで着飾っちゃって、ぜんぜん努力しないくせに。あれだけ恵まれた環境にいてたら、それを社会に還元するべきなんじゃないの?あんなに、のらりくらりとしてられるのが分かんないよ。コンプレックスがあるのか知らないけど、あの歳になっても、はおこがましいよな。」

そうか、不相応をして、光の下で邁進する人をいらつかせてしまったのか。

申し訳なく思う、彼の人にささくれだった感情を与えてしまったことを。いつかどこかですれ違ったら謝りたい。「ごめんなさい、傲って見えるよう振る舞ってしまったことを。あなたの語るのと同じ言葉を使いこなせなかったことを。環境に甘えてのうのうと生きているのに、無加工の自分を解ってもらおうとしてしまったことを。」反射的な怯えが拭えないかぎり、やっぱり無理はするもんじゃない。

僕の見てきた世界を、痛切な暗さに再び引き込まれる恐怖を、言葉をつくしてもわかってもらえる希望がさらさら湧かない。きっとあなたは同じ風景を眺めたとしても、同じ暗がりを見つけるわけではないんだ。そしてあなたと同じ光の下に立ったら僕は、きっと見れたもんじゃない。