内向的でも心地よく広がる人脈: オンライン・ヒューマンライブラリー

 

先日、 最近よくつるんでいる元気な建築士のお姉さまに「オンラインで、ヒュッゲしない?」と誘われた。

「ひゅっ….????」

わたしは喉から変な音を出した。

ヒュッゲとは。ヒューマンライブラリーとは。

聞くと、どうやら彼女の知り合い内で面白いと思う人同士をつなげようとしているようで、zoomトーク会を企画するから参加しないか、というお誘いだった。”ヒューマンライブラリー” の、より少人数で知人同士芋づる式で開催しているバージョンみたいだ。ヒューマンライブラリーとは何かというと、一人一人の人生を本に見立て、その語りを読むように味わうコミュニケーション形式だ。

●2000年にデンマークの若者たちが、北欧最大の音楽祭であるロスキレ・フェスティバルで始めた「人を貸し出す図書館」です。

●当初はLiving library(*生きる図書館)と呼ばれていた。

日本ヒューマンライブラリー学会website

対してヒュッゲは、デンマーク語・ノルウェー語(この2言語はとても似ている)で、「人が連れ合って気楽に過ごせる豊かな時間、またはその場所」という意味だそう。日本語にすると、きっと “だんらん” なんだろうなと思う。ヒューマンライブラリーもデンマーク発祥だけれど、それ自体をデンマークでヒュッゲと呼ぶわけではなさそう。検索をかけても出てこなかった。

そういえば、そういうカジュアルな意見共有の場を、大学時代の英語スピーキング担当教員が Chill-out session (チルアウト・セッション)と読んでいた。在日15年にもなるのに講義は頑なに英語だけで行うアメリカ人招聘准教授だった。当時大学1年生のわたしはただただ発言する番に当てられないように、目を合わせず体を小さくして授業時間を過ごしていたという記憶が一緒に引きずり出される。

とにかく、お姉さまは「カジュアルに人生の物語をシェアし合うオンラインお茶会をしようよ」という意味のことを言っていたことがわかった。

知らない方の多い場所はかなり苦手なのだけれど、ひとりひとりと芋づる式に面白い方に出会えるのは好きだ。この方法で知り合った人と気が合わなかったことは、ほとんどない。(時間やタイミング、人生のフェーズが違うな、と思うことはもちろんあるけれども。)

そんな成功体験を判断条件にして、喜んでお誘いに応じることにした。

こじんまりと、ヒューマンライブラリー

当日のメンバーは、わたしと建築士のお姉さまと、そして中国やシンガポールで働いていたところをコロナ禍で帰国したという日中英トリリンガルのお姉さま。3人の小さなおしゃべり会だとわかって、やっぱり少しほっとした。いつものように大勢の目を気にして気を回しすぎ、余計なところで疲れるなんてことが起きなくていい。

建築士のお姉さまが、初めましてのトリリンガルお姉さまとわたしを紹介し、引き合わせてくれる。建築士のお姉さまとトリリンガルお姉さまの出会いも別のヒューマンライブラリーなんだそう。わたしはヒューマンライブラリーのことを知らなかったのだけど、海外好きな人・海外に住んでいたことがある人が多いコミュニティでの出会い方としてはけっこう一般的なのかもしれない。

明確な定義や方法論はないヒューマンライブラリーだけれど、一応のルールにのっとって、話を始める。

1 対話は「本」1に対して「読者」は1〜5人程度の少人数であること。

2 「本」の語りは、生きにくさの自己開示を含む人生話であること。

3 対話時間は、30分程度の短時間であること。

東京ヒューマンライブラリー協会ウェブサイト

話もはずみ、中国の少数民族地域をディープに旅した話、中国語について、海外で働くということについて、そんな話を矢継ぎ早に繰り出すトリリンガルお姉さま。にこにこと相槌をうち、ちょうどいいタイミングで建築の視点からの気付きを共有してくれる建築士のお姉さま。そしてターンが変わってわたしもこれまでの葛藤と、今のことを共有する。ふと気がついたら、あっという間に2時間がたっていた。

心地よいオンラインでの出会い方の模索

ヒューマンライブラリーを体験してみて、「これは内向的な人間にとっても心地よいオンラインでの出会い方だな」、と思った。

もともとの知り合いとはよくオンラインコールをするけれど、わたしはもともと人脈形成のためにはTwitterを活用できてないし、最近はやりのClubhouseも、こわい。使っているiPhoneユーザーの友人は何人もいるし、楽しそうにしている人が多いのは知っているのだけれど、オンラインだからといって大勢がいる場が平気になるわけではない。完全に一方向の情報収集用にしか使えないのは目に見えているし、情報収集には今までのメディアでもう十分情報の波に翻弄されていて、情報デトックスしなきゃと思っているくらいだ。

わたしは、どうせなら少人数でじっくり成立する「対話」がしたい。

「哲学対話」のオンラインセッションにも参加してみたことがあるけれど、あれは「人の発言を否定しない」という絶対ルールがあるものの、参加人数が多くて一人一人と言葉を交わしている感覚はなかった。

ヒューマンライブラリーの仕組みは、わたしにはちょうどいい規模感とルールのゆるさが気持ちよかった。

なんでもかんでも知り合いを増やしたいなんて思わないけれど、コロナウイルスがまだ猛威を奮っている状況、とくに緊急事態宣言があけていない今、自分の日常の予定調和から出ることが難しい。そんな時に、新しい物語を人の人生から吸収することができるというのは、心の滋養としてとてもいい。

そのうち自分でも、知り合いづたいで小さく開催してみようかと思う。