片付け下手だけど、モノの『住所』を定めると楽に整理整頓ができるようになった

 

脳の中身が散らかっている事に関しては自他共にお墨付きアリの人生なのだけれど、日々生きる3次元の世界でも、たいがい散らかった空間で過ごしてきた。でもどうやら、片付けをしているほうが脳のワーキングメモリを節約できるらしい。

そこで自分に合った整理整頓とは何か、考えて見た。結果として、『モノに住所を定める』が一番疲れないことが分かってきた。

汚いはイヤ、散らかってるのは気にならない

まず、掃除、といっても『清潔にする』のと『整理整頓する』の2種類がある。

髪の毛やホコリなどが落ちているのは、そもそものところで空気系アレルギー持ちだし、「掃除しなければ」というプロトコルがもともと自分に搭載されている気がする。細かいモノが見えてしまう性分で汚いのが気になってしまうので偏執的にコロコロをかけまくっている。

だけど、だからといってモノが散らばっているのは全く気にならない。どこに何があるか見えている方が、効率がいいと思っていたからだ。逆に、目に入らないとその存在を完全に忘却して、必要なときに取り出せない。

逆にわたしの母は、モノはきっちり場所に収まっていないと嫌なのに部屋の角のホコリなんかは目に入らないようで、日常に求める清潔感が噛み合わず、よく喧嘩になった。どちらかといえば、ぱっと見たときにわたしの「モノが散らばる」状態のほうがきちんとしていないように見えるので、わたしが悪いのかぁ、気圧されていた気がする。

実家を出てシェアハウス暮らしを始めると、自室は自分がルールの無法地帯。あっという間に床が見えなくなった。共用部分は、出来る限り気を張って無意識にものを放置しないようにしていた。(もしかしたら最初はかなり怒られていたのかもしれないが、都合の良いことに記憶に残っていない。)

それが最近、ものが散らかっている状態だと、自分がすり減る、ということに気づいた。『モノが見えるだけで疲れる』のだ。

視界の隅に、机や床に積まれたアレコレが入ってくるたびに、いちいち「ああ、あれもやらなきゃ」「これやりたいな、でも今時間がない」「あ、本借りっぱなし」と思考してしまう。そういう小さな葛藤や、浮遊しているタスクが積もり積もって、ただでさえ少ない脳のCPUを圧迫しているのを感じる。

いかに生きるのを楽にするか、を意識し出したタイミングだったので、これは整理整頓を出来るようになった方がいい…と思い始めた。

とりあえず、ものを減らしてみる

 
モノが多いから疲れるのではないかという問題意識が高まったときに、一度集めたアクセサリーやポストカードや、もう読まないけれど手元に置いておきたい本を、フリマ的に人にあげまくってみた。
 

すると、部屋はとてもすっきりした。それと同時に、なんのアイデアも湧かなくなった。自分の心が浮き立つ小さなモノを眺め、嬉しくなることでいろんな連想ができていたみたいだ。すっきりと効率的になったけど味気ない空間は、向いていないらしい。

モノへの愛着と、すっきりした暮らしのバランス

2021年2月25日

わたしが頑張るべきことは、ミニマリストを目指すことではなさそう。

神の啓示「モノの住所を定めよ」

モノに執着しながらも片付けていれば自分含め誰にも文句が言われないわけで、でもそれができないのが悲しい性。気合ではなんとかできないので、練りこまれたシステムが必要だ。
 
モノの存在を忘れるから、全部見えるところに置きたいんだけど、そもそも持っているモノが多いから、それが難しい。そうやって散らかってきたわたしの部屋だから、とりあえず見えている状態で、同じ種類のモノを固めておいてみるとマシになるんじゃないかと思った。
 
そうやって本は本だけで積み、服は服だけで積んだものを眺めてうなっていると、当時のシェアハウスの同居人が魔法のようなワードを教えてくれた。「モノの住所を決めるといいよ」と。
 
要は、先にモノの帰る家を作ってしまい、一度場所を決めたら動かさない、ということだ。
 
というわけで、棚とクリアケースを買い込んだ。そうか、収納グッズってこうやって使うのか。いままで知らなかったよ。
片付けができない人って、いうのは、そこから始まる気がする。だから片付けの出来る人と分かり合えない。
 
とにかく、いろんな箱を箱に入れてしまえさえすば、その中がごちゃついていてもいいことにした。整理整頓が趣味なわけではないから完璧にするより「ぎりぎりセーフ」を目指し、それを達成した自分を褒めるほうがよっぽど習慣として定着する。

モノの存在を忘れるから、全部一覧できる状態を保っておきたい。

箱を部屋の中に並べて見て、気づいた。これ、全部を見えるように置くの、無理だ。

本棚3つを狭い部屋にねじ込み、ベッドの下にはカメラ周辺機材をしまうクリアケース類。カーテンをひいた押入れの上の段は衣類だけ、下の段は消耗品だけ、その上に取り付けた棚は工具と仕事の保存用書類だけ。

モノの配置について考えるスイッチが入ると、こうやってどこに何があるか思い出せるのだけれど、じゃあいざ「データを保存したいな」となったときに、目に見えていないと「そういえばSDカードがあったな」とならない。「SDカード、どこに置いたっけ?」という次元ではない。存在を忘れてしまう、という意味で、わたしの脳は正しい答えを導いてくれない。

自分の信頼できない記憶の外部委託を徹底したくて、「電子機器: カメラ、レンズ、バッテリー、SDカード、フラッシュ….」とカテゴリごとに属するモノの表を作った。これで、検索をかけられる。そしてその紙を、部屋にでかでかと掲げてあるコルクボードに貼っておくことにした。個数や種類をかいた目録を作るところまでは、めんどうで出来なかった。まあ、どうせ作ってもそのアップデートなんて、できないんだろう。

モノへの愛着: シンプルに、飾り棚と本棚をちゃんと作る

そもそも、本、鉱物、ポストカード、切手などの収集癖があるので、所有するモノの数が多いのも散らばる原因ではあった。引越しをするたびに泣く泣く多くのものを手放してきているはずなのに、いつの間にか増えている。

そこで、それ専用の見える収納を、大きめに作った。今よりも絶対趣味の品は増えるから。それから『部屋に持ち込んだらすぐこの棚に収納する。そしてこの棚に載るものだけしか部屋に置かない』をルールにする。

このルールを破ったら自分で自分に罰金を課すから、ちゃんと外から帰ってきたらすぐにモノをあるべき場所に安置できるようになった。ちなみに、罰金は寄付金にまわす。寄付の動機アンケートがあったら、絶対「その他」に入るんだろうな。

とにかく、これによって物の量が見える化できて、「消耗品の入っている段ボールがやたらと重いなとおもったら、どでかい鉱石がエアクッションに包まれたまま眠っている」なんてことが無くなった。

読みかけ、書きかけ、描きかけのままで放置しがち問題

 
それから、一番大きい問題が、読みかけ、やりかけ、準備中の「ペンディング」グッズたちが散らばりがちということだ。そもそも、読みかけの本をそのまま伏せて置いて、一週間床の上にそのまま、なんてことも少なくなかった。
 
まずは、『しおりを挟んで、本を閉じる』のルール化が必要だった。ペン立てに、必要なだけのしおりを作ってつっこむ。タスクは小さく、段取りをわけて…..。
 
それから、読みかけの本だけを置く場所を机のうえに作った。机が狭くなったけれど、あちこちに散らばる本を踏むとかお茶をこぼすとかが避けられる方がいい。そこに待っているのは絶望のみだから…。未然に防げるだけで大いなる成長だ。未来は明るい。
 
それから、
  • 一回着たけど洗う程でもない服の処遇が下手
  • どこにしまって良いかわからない細々としたものを放置する
  • 「今は要らないけれどいつか使うかも…」が溜まる

この3つに関して、カゴを用意する。ADHD強め不動産営業のブロガー・借金玉さんの「本質ボックス」というというやつだ。

【書評】”生存”優先ライフハック本:『発達障害の僕が「食える人」に変わったすごい仕事術』

2020年10月14日

このカゴたちが積み上がっている部屋は、あまり美しい物ではないが、少なくとも床にスペースがあり、なにもどけなくてもストレッチや足パカ運動までできてしまう。内転筋大事。

(おまけ)

デスクトップにも応用

同じように、デスクトップも、先に箱を作る、を徹底してから整理することができるようになった。カテゴリごとに数字をふって、一行におさまる、直近使うだけのものしか置かない。その結果、幸せなデスクトップが仕上がった。

今気にする必要のないタスクがみえないから、疲れない。すっきりしたデスクトップは心の安寧のために、必要なものだった…。本腰あげてやってみるまで気づかなかった。

Googleのホームページの余白具合が、昔は気持ち悪くてYahooポータルとか使いたかったけど、今はあの情報の少なさが気持ちよく感じる。

対策の仮定をして動く、が出来るようになるといいよね

以上のように、なんとか片付けができるようになったのだけれど、暗中模索状態で手当たり次第にやったので、あまり効率的に動けていなかったと思う。
 

後付けなのだけれど、散らかる要因の観察と分析をしてみた。

まず、散らかる理由を考えてみると、わたしの場合

  • モノの存在を忘れるから、全部見えるところに置きたい
  • そもそも、愛着を感じて所有しているモノの数が多い。(本、鉱物、ポストカードなど)
  • 読みかけ、書きかけ、描きかけのままで放置しがち
  • 一回着たけど洗う程でもない服の処遇が下手
  • どこにしまって良いかわからない細々としたものを放置する
  • 「今は要らないけれどいつか使うかも…」が溜まる

が主な要因だということが分かった。

というわけで取れる対策は、だいたい

  • 見せる収納システムをつくる
  • ものを減らす
  • 収納場所のカテゴリ分けを徹底する
  • 「〜しかけ」のモノをまとめる置き場をつくる

くらいかな、と仮定しておいて、とりあえず動いてみることができるとよかったなと思う。今後はこういう演繹的?な考え方ができるようになっていると思いたい。20代まで、嗅覚・経験・反射型でこれまで生き抜いてきたけれど、予測・計画・予防型の行動も出来るようになっておきたい。いつ体力とムチャが効かなくなるかわからないから。自分のリソースを把握して、無理しないように生きたい。

こういうのって、「問題解決思考」とか「PDCAサイクルを回す」というビジネス・業務場面でよく使われる言葉と考え方だ。ビジネス書すらも嗜みだと思っておもしろく読んできたので、全然吸収した知識を役に立てられていない。

知識は使うもの、という前提に立ってしばらく行動してみよう。そうして、色んな人が試行錯誤して築き上げた効率化のフレームワークを使いこなせれば、生活がだいぶ自分好みになるんだろう。