モノへの愛着と、すっきりした暮らしのバランス

 

とにかく、人が何を言おうが、「自分が疲れない、自分が嬉しい」が基準でいい。これの最たるものが自室のコーディネートだと思う。

わたしも「モノとどのような関係性を持つか」、「自分が疲れないように生活空間を整えたらいいか」 ということをずいぶん試行錯誤して考えてきた。

片付け下手だけど、モノの『住所』を定めると楽に整理整頓ができるようになった

2021年2月24日

モノが好きゆえに、収集がつかない

わたしは、片付けが下手だ。

机の上には読みかけの本5冊が互い違いに積まれていて、その横にはウニの骨が放置されていて、それを眺めながらパソコンをし、お茶をこぼして焦る、なんてことがよくあった。

わたしはモノ自身に愛着を持ちがちだから、モノの機能に集中して生活を整えるミニマリストには向いていなくて、綺麗だと思うモノを収集する癖がある。全く「役に立たない」美しい鉱石とかドライフラワーとかが大好きなので、みうらじゅんが断捨離にイヤそうな顔をする理由にはけっこう共感する。

立川断捨離…笑   立川談志の弟子だったら追い出されそう。面白いよね、みうらじゅん。

一度、心があまりにも雑然としていたときに自分の持ち物を減らすため、人にいろいろ持って行ってもらったことがある。でも片付けすぎると、心の元気がなくなった。

とても片付いた部屋で過ごすと、しばらくたったら別の質の不安が湧いてきたのだ。綺麗な心が浮き立つものは、部屋に必要だった。

引っ越しするたびに、ウニの骨とか流木とかポストカードが吊るされたワイヤーとかをパッキングするのはとても大変だけれど、でもこれらは今後どこで暮らすにも持っていくだろう。なんならウニ骨はイギリスへの留学にも持っていった。

戸棚を横切るたびに視界に入り、そのたびに嬉しさを与えてくれる綺麗なものは、私が生きるのにとっても大事な要素だから。前記事にも書いたように、たしかに『モノが見えるだけで疲れる』んだけど、いいストレスとして置いておくものを意識的に選び取っていくことが大事だと気づいた。

役に立たないものが好きな人

これは、アメリカの有名テレビ番組 The Ellen Show で、スクリプトライターのデスクを「人生がときめく片づけの魔法」のこんまりさんが片付けに行った時の回。(アメリカでめちゃめちゃ人気ですね、この人。ちなみにネトフリのこんまり番組でわたしが一番注目して見ていたのは通訳のマリエさん。この人もすごいので記事で取り上げられたり。)

The Ellen Showの番組ライター・トロイは、面白アイテムに囲まれた「ごちゃごちゃしたオフィス環境」を築きあげているのだけれど、断捨離にぜんぜん乗り気ではない。だから番組ホストのエレンがゲスト・こんまりを彼のオフィスに送り込んだ。

トロイの一言目は、”Oh, No” 。(わかる) 机のひきだしから次から次へと出てくるペン。(わかる)

片付けをしてみて「気分がよくなったよ」と言っていたトロイだけど、結局この収録のあと、こんまりがゴミ袋を置いて帰ったので、トロイは取り除かれた全てのモノを回収して、元にあった場所に戻したそう。

わたしもこのモノを愛で、執着する側の生き物だ。

モノを愛ながら、生活の効率を上げるにはどうしたらいいんだろう。

いまだにわからないけれど、執着しなくてすむもののあることが最近わかったので、その整理をして、この記事を終わりたい。

執着しない部分はこころおきなく減らす

ただ、全てに執着するわけでもなく、減らせるなら減らしたいモノもたくさんある。 そんなにこだわりのないもの、を洗い出してみたらこうなった。

  • 電子機器・機材
  • 調理器具
  • 衣類

「見ても心が浮き立たない」「逆に、雑然としているのを目にすると若干疲れる」が判断基準だから、この意識をもって日常をフィルタリングしてみたら、こういう結果になった。

この、「ちょっと疲れる感じがする」っていうのは意外と感知が難しい。慣れ、が感覚を鈍化させて、でも疲れ自体は蓄積されていって、コントロールできない感情のゆらぎとか認識のエラーを起こす。いつだったか、どこかのアンガーマネジメントのレクチャーで「キレたきっかけは小さいことで、実は知らないうちに蓄積されていたストレスが怒りの90%だったりする。だから、自分のストレスの元を把握しよう」と聞いた。

これは、いろいろ応用がきく考え方だな、と思う。

さて…

電子機器・機材

写真は好きだけれど、カメラ機材には興味がない。というかむしろスペック比較なんか苦手だ。いつも価格ドットコムを眺めるのが趣味だという人に自分のカメラを選んでもらっているくらい。

カメラのレンズも、かなり減らした。実は大学時代にアルバイトでカメラマンのアシスタントをして、それから写真の仕事も少ししていた時期がある。

しかし写真だけをやっている生活ではない今、こんなにレンズの選択肢があっても使いこなせない、というのがレンズ整理の一番の理由。それから2020年、仕事がだいぶん減った時期が長く、その生活費の足しにするというわりと切実な事情があった。結果的には、ヤフオク・メルカリそれぞれの特徴、どういう人がどのプラットフォームに生息しているか、などを観察する機会になって面白かった。

しばらくは自分の身体を動かして単焦点を使いこなし、満足のいく写真を撮ることができるようになってから、必要ならまた増やせばいいと思う。カメラ機材ひとつひとつへの愛着があまりないから、この辺は都合がいい。

調理器具

料理は好きだし、出かけて人とコミュニケーションをとってご飯にありつくよりも自炊するほうが気が楽だ。だけどめちゃめちゃに複雑なものを作るわけではないし、 タッパーは大きめのサイズで10個ほど同じものをまとめ買いする。どうせ消耗品なのでだんだん減っていくのだけれど、なるべくいつでも手に入る、定番商品にしておく。例えばこれ。

 

本当は民藝の手びねり碗なんか大好きなのだけれど、なにせスペースがないし、いつまで今のところに住んでいるかわからないから陶器は収集しにくい。自分のところだから、移動させている時に割ってしまって悲しくなるのが容易に想像できる。というわけで今はイケアの大皿か深碗でワンプレート料理が基本だ。

調理器具も、中華鍋と小鍋、菜箸とおたまだけにした。中華鍋はなんと洗練された多機能器具なんだろうか。導入した時はちょっと感動した。卵焼き用の四角いフライパンがないにもかかわらずだし巻き卵が食べたくなるときがあるので、近所のフレスコで「京風だしまき玉子」を買ってくる。この部分に関しては、だしまきのためだけに卵焼き専用フライパンを買うか、だしまきがめちゃめちゃ美味しいお惣菜やさんをみつけるか、はたまただしまきがめちゃめちゃ美味しい定食屋さんを行きつけにするか、どれかを選んでもう少し満足感をあげたいところだ。

衣類

衣類に関しては、昔はファッション雑誌をそれこそポップティーンから装苑からVERYまで全部読む高校生だった(友達がいなかったから本を読んでいた)が、今は興味がうすれてしまった。

それゆえ、「自分が無意識に無愛想になってしまう部分を、ファッションで “個性 “っぽく仕立てたい。」「服装で、ポンコツを隠して仕事が出来る人っぽく見せたい」というサバイバル重視のテーマで選んでいる。

人間は、先入観の心理バイアスでものごとを判断しがちなので、最初に「この人仕事できそうだな」という印象を与えたら、出来る人という前提で見てくれて、少々の瑕疵を見過ごしてくれたりする。どうせ付き合いが長くなるうちに化けの皮が剥がれるのだけれど、でも積み重ねられるポイントは先に積み重ねておきたい。

プライベートでも、無愛想で髪の毛ボサボサ・服ヨレヨレ・奇行に走りがちだと、ただの不審者なので、自分に出来る範囲でまともな人っぽい服装をしている。 ここ1年くらいは、服の上下が分かれているものを減らして、なるべくアイロンがけ不要のワンピースに統一している。のだめ方式とでも言おうか…。( 漫画「のだめカンタービレ」の主人公がワンピースを着回す理由が、「服の上下の組み合わせを考えるのが面倒だから、なのです。)

今の自分は髪の毛は理容室、服はワンピースにパーカー、が楽と感じるフェーズにいる。 ついでに下着もなるべく同じ品番をまとめ買い、それ以外でも全部同じ材質、同じ色、で統一するようにしている。ほんと新色とか出さないでいいから、同じものを作り続けてほしい、といつも思う。

結局、優先順位づけと取捨選択なんだな

去年の初めに比べて、心も安らかになったし、身体も体幹から整ってきたし、思考もクリア、そして部屋も許容範囲の秩序を保っている。とてもいい兆候だ。

結局これらは全部、わたしがこれまでできていなかった優先順位づけと取捨選択の能力に集約される。

「自分が何が好きなのか」、「何を正しいと思うか」、「どういう欲求を持っているか」という判断基準と、その根拠となる理由をきちんと言語化されたら、身の回りは整っていく。

そしてそれは、他人と違う感覚の上に成り立っていても間違っているわけではないよ、という「自己受容」という土台によって成り立つものだ。

とてもシンプルなことだけれど、実感として気付けるまでには途方もない時間がかかった。

ただ、ここまでたどり着いたら、あとは進むだけに見える。