わたしの旅はカウチサーフィンと共にあった(2)

 

わたしがさすらうような旅をしていたときによく使っていたウェブサービスが、旅人と現地在住者をつなげるカウチサーフィン(CouchSurfing)でした。このプラットフォームで出会った人たちの家に泊まり、時には自分も泊め、いまだに親密な交友関係を保っています。

わたしの旅はカウチサーフィンと共にあった(1)

2021年3月14日

わたしは良いゲストだったけれど、ホストとしては下手だった

わたしは、カウチサーフィン(CS)の宿泊ゲストもホストも双方経験したことがある。その結果思ったことが、わたしは良いゲストだったけれど良いホストにはなれなかったということだ。自分の生活空間に入り込んでくる他者への寛容性が足りなかった。

端的にいうとゲストとしてのわたしは、お行儀がよかった。泊めてもらったり一緒に観光に行く以外にも、ご飯を作ったり、日本語教えたり、絵を描いたりしていた。清潔さ、誠実さ、旅の経験談、ホストが知りたいような文化的知識を持っていること、提供できたアクティビティなどを評価するレビューをたくさんもらった。

そもそもわたしがCSを利用していた2010年〜2013年ごろ、ゲストの日本人の女性というのはもの珍しかったらしく、そのポジションがあったからこそかなり良くしてもらったところがある。日本ではうまくポジショナリティを生かせないくせに、海外を泊まり歩く時には女性目線で日本論を語ったりしていたものだ。いまだに付き合いがあるCS経由の友人は、わたしがゲストとしてお邪魔した人が多い。彼らは他者をよく知ろうと自分から手を伸ばせる力を持っていて、人間としてとても心地いい。

また、宿泊を受け入れるホストの中には身の回りに構わない人が一定数いた。だから他人がプライベートスペースにいてもストレスがたまらないんだとは思うけども。わたしはホストに断りをいれた上で、床掃除したりキッチンを磨き上げたりというようなこともしていた。(いま思うとそこまでしなくてよかった。暇だったのかもしれない。)

わたしから透けて見える日本全体に好印象になるように、とすら気負っていた気がする。もちろん強制されてすることじゃないけども、そうやってお金じゃないものをホストに渡すと相手も心地よくCSを続けられて、結果としていい循環が生まれるよね、という信念もあった。カウチサーフィンを旅先で使ってると、やっぱり「自分を無料のホテルと勘違いしないでほしい」って思いを持っている人は多いし、自分と知り合えてよかったと思ってもらえる振る舞いを心がけていた。

だから、自分が泊める時にもそれを暗黙の中で期待していたんだろう。ホスト側に回るのはけっこうストレスになることに気づいた。わたしは自分にプラスになりそうな人しか受け入れないようにしていた。CSで宿泊リクエストを送ってきてくれた人のプロフィールは全部読んで、写真も見る。メッセージの文言の書き方なんかもチェックする。手当たり次第にメッセージの宛先を変えて送りつけている人はやっぱりその雰囲気が文章から匂い立っているから。そういうフィルタリングをしてもなお、こいつとは合わねえな、と思うゲストはいるのだ。

連絡もなしに夜中の2時にグデングデンになって帰ってきて勝手にリビングで寝ているとか。(わかるけどね…旅しているとタガが外れる感じは。)前のホストと意気投合しすぎたから明日の宿泊をキャンセルします、飛行機に乗り遅れたのでそもそも渡航ができません、自分で調べられることもとりあえず全部ホストに聞いてみる…そんな人も割といた。

もちろん自分もお金がない学生時代に長期旅行をして、カウチサーフィンにはとてもとてもお世話になった。でも、「あんなに世界中でよくしてもらったのだから、今度は自分が経験を提供したい」と思っていたとて、無料の宿泊所だと思われたくない。

もっとも自分の家で部屋が余ってたら「誰でも泊まっていいよ、日本の物価は高いよね。あまりおかまいできないから勝手にしてね。」ってもっとおおらかに受け入れられたのかもしれない。実際カウチサーファー用にまるまる一軒家を使ってる人もいたみたいだった。すごいな。そういうホストはコミュニティの中で名物みたいになっていた。

それに、自分が日常に戻ったら最後、人を招く余白が少なすぎたのだ。常に時間に追われ、自分の内省すらきちんとできていないのにさらに変数を増やしたらストレスになるに決まっている。日常が輪としてなりたっている状態にほんの少しスパイスを加えたい、そういう思いで海外ゲストを迎え入れるべきだった。

ホスト側にまわって学んだことは、「お邪魔する側が気を遣うべき」という期待値が低いほうが自分が楽だなということだ。常々、日本人は他人に期待しすぎるから怒りっぽいんだろうなとは思っていたけれど、自分がまんまとその罠にはまっていた。この学びを得たのはとてもよかった。

そういえば女性ゲストのほうが比較的迷惑をかけないようにふるまおうという自覚を持っている人が多くて問題は何も起きなかった。だから、いい印象を思って思い出せる人は多い。あまり一緒に出かけることはできなかったので家で話したりご飯を作ったり、そんな時間を1、2夜共有しただけだけど。ダンスをしているかっこいい女の子がきた時にはランニングマンという動きを教えてもらって、わたしの全く要領を得ないぎこちなさに二人で爆笑したのは楽しかった。彼女のおかげで、今でもランニングマンっぽい動きがちょっとだけできる。こうやって書きながら思い出してみると、案外ホスト側で楽しいこともしてきたみたいだ。

会社化されたCouchSurfing

こんなに暑っ苦しく語れるくらいのヘビーユーザーだったのに、わたしはもうカウチサーフィンを使っていない。それは自分自身が忙しくなったのと、ウェブサイトの雰囲気が変わってしまったというのが大きい。

CSがNPOから株式会社に形式を変換したのが2011年なので、もうだいぶ長い。英語版wikipediaによると、非営利団体としてのステータスが当局に却下され、Airbnbが隆盛してきていたこともあって会社化に至ったらしい。

経営はあまりうまくいっていないようだ。2020年半ばに、スパムメールみたいなタイトルの寄付・課金のお願いがきていた。”Without your immediate help, this community will be lost forever.” (今すぐ支援いただけないと、このコミュニティは永遠に失われてしまいます)というメッセージつきで。コストが嵩んだときのマネタイズとコミュニティ運営は、これほどのコンセプトを持ったウェブサイトを持ってしてもうまくいかないのだ。

体制の変更当初から古参の利用者はげんなりしていた。ウェブサイトのデザインが一新され、広告が表示されるようになり、今まで蓄積されていた都市別掲示板の情報が全部消えた。門戸を広げるためかプロフィールの形式も変わり、信頼性が高いCSer(カウチサーファー)であることを示すバウチ(VOUCH)制度もなくなった。

ウェブサイトリニューアル以前から登録はFacebookを使ってできたのだけど、「CS上の友達を増やしましょう」志向になったらしく、CSで出会ったわけではないけどCSをやっている人が自分のページに表示されて、「友達を申請」するよう促される。CSは友達数を誇ることを意図していなかったはずだ。そもそも、特定の人のプロフィールを名前で検索するのだって簡単にできなかったのに。

なんにせよ運営側のそういう動きが、にわか利用者を増やしていることは明らかだった。ニッチなハードコアの旅人が多かったのだけど、だんだん安く上げたい旅人が増えてきて、コミュニティマネジャーなどの役割をになっていた昔からのユーザーが離れていった。

営利企業になり、広告表示から利益を出すために多くの利用者を集めようとしはじめ、それが結局うまくいかなくて崩れる直前になっているカウチサーフィンを見ると、非営利団体の頃の運営の顔が見える感じが懐かしいと思う。そのころのCSのほうが、月額課金がうまく働いたんじゃないだろうか。

CSの残香

カウチサーフィンを使って旅した経験をこれから書いていこう、それには前提を説明しておかなきゃ、と思ったからこの記事を書いた。

そうしたらちょうどカウチサーフィンのドメインからメールが来た。なにかと思ったら昔むかしにCS繋がりで3年ほど下手くそな遠距離恋愛をした人から連絡が入っていたのだった。有料会員になっていないのでサイトはもう見られないのだけどしっかりとアカウントは残っているし、メールアドレスにも繋がっているみたいだ。

しかし結婚して子供もいるはずなのに。刺激を求めるひとだから、海外出張にもいけないコロナ禍での繰り返しの毎日に退屈にでもなったんだろう。彼に返事をするためだけに有料会員として出戻るべきか、一瞬考えたけれど馬鹿らしくなったのでやめた。

思い出を懐かしく愛しみながらも、現実は現実らしくあしらえるくらいにはしっかり自分の足で立てている自分に安心した。