黒歴史がフラッシュバックしたときに起こるチックみたいなやつ

 

認知行動療法の成果なのかなんなのか、頭の中で無意識な黒歴史に悩まされることが最近減ったのだけど、それに付随して治ってきた癖がある。

記憶によって恥ずかしさやしんどさを感じたときに、「死にたい」「消えたい」「もう無理」といったネガティブな言葉が口をついて出ていた。別に死にたくないのに。だけど、それがするすると無くなってきたのだ。

わたしが悩んでいたのは多分、この症状と同一。

 

他人と一緒にいるときは大丈夫なのだけど、一人でいるときにどうしても黒歴史フラッシュバックが起こる。何時でも、頭を空っぽにして楽にする、ということがわたしには難しい。なにか新しい計画や素敵な物語の制作に想像力を使ったらいいのに、望んでもいないのについつい嫌なことを思い出してしまいがちだ。いや、心のどこかではそれを望んでいたということなのだろうか…よくわからない。

音声チックの中に汚言症・トゥレット症と呼ばれるものがあるが、他人への罵詈雑言は全く出ない。自分に対する言葉ばかり。

とにかく、黒歴史はたんまりあるものだから、常になにかに「うわぁぁぁ」となっている状態で、無意識に出た言葉にはっとしてまた気を引き締めて口をつぐもうとする。そんな悪癖に、無駄に思考エネルギーと気力をすり減らしていた。

ほとんどは、大人からみたらたわいもない笑い話になるようなエピソードなのだけれど、渦中の当事者としての感情が残ってしまっているから面倒くさい。

例えばこんな話だ。

小学生の頃のクラスで「じゃあ、ここに名前を書いてくださいね」と担任教師が言い、みんな一列に並んで名前を書いていった。

もちろん、自分の名前を。

わたしはというと、事もあろうにランダムなクラスメイト「タブチくん」の名前を書いた。それを、担任は「違うのよ、自分の名前!」と大声で言ったものだから、恥ずかしさと自己嫌悪で本当に嫌な気持ちになった。

そういうのを思い出すと「やばい死にたいタブチ無理死ぬタブチ…」とボソボソ呪詛みたいに口から出てしまっていたものだ。

多分はたからみるとめちゃくちゃ気味が悪い人間に映っていただろう。だから電車に乗る時なんか、危険だな…と思った時にはほぼ髪の毛とかマスクで自分を覆い隠していた。よけいに気持ち悪い。

ずっと悩んでいたのだけど、上に貼ったツイートを見た時にこれを「チックかもしれない」と意識するだけでも改善されたような気がする。現象に名前があると人は安心する、ってことなのかもしれない。

症状が出たら、心が疲れてるんだな、無理しすぎているんだな、という認識に切り替えて休養をとる。それができるようになってから恥の感情のぶり返しも減ってきた。それだけでずいぶん生きやすい。

しかしこんなにのんべんだらりとしていてやっと健やかな精神状態なのだから、今まで頑張ってきた場所が、ほとほと向いていなかったんだろう。気づけてよかった、無理しないで生きたい。