サイボーグになった僕

 

野球部時代に肩関節を故障してからだましだまし使ってきた腕がどうにも動かなくなって、手術をした。

億劫に感じていたしそこはかとなく怖かったのもあって、しばらくは現実を見るのを避けていた。だけど、「このままだと肩から先に血流が行き渡らなくなって、腕が取れますよ」だって、そんな風に脅されたらもう仕方がない。

関節を入れ替える大きな手術。全身麻酔を受けるから術後は絶対安静で、しばらく入院らしい。リハビリも必要だ。

せっかく仕事を始めたばかりなのに、と会社に申し訳なく思ったけれど、腕が腐って落ちそうな社員に出社されるよりはいいらしい。それにそもそも転職してきたばかりの社員なんて戦力として数えられていないわけだから、あまり思い詰めないようにしよう。責任を感じて思い詰めたりするのは、自分の価値を過信しているってことだ。

母さんには、二週間の健康推進プログラムに行ってくるから連絡が取れなくなる、と報告した。嘘は言ってない。女手一つで一人っ子を育てた母とは離れて暮らしているが、とにもかくにも心配性だから出来事ひとつ報告するのにもとても気を遣う。心配をかけたくない気持ちと、介入してこないでほしい気持ち、どっちが大きいんだろう。比べるべきものではないのかもしれない。

 

感染症の猛威を振るう時世だ。季節の隙間を狙って入院日を予約する。3ヶ月後はすぐにやってきた。

床も壁も金属の手術室で、「すぐ、眠りますからね。」と言うと、麻酔医は僕の手の甲に注射針を刺した。

透明の液体が身体に注入されると、腕から鈍い痛みが広がっていく。麻酔って痛いんだ、そんなことを思った次の瞬間もう手術は終わっていた。

「前田さん、聞こえますか。終わりましたよ、ゆっくり呼吸してくださいね。」

上から降ってくる声に、瞳孔をライトでちらちら照らされる。同時に、僕の身体の下の方でいろいろな管が抜かれたり繋がれたりしている。

「ベッドに移動しますね、揺れますよ、はいイチ、ニ、サン。」

もう麻酔が切れ始めているのか、痛い。身体中が痛い。関節の手術のはずなのに臓物まで痛い。

頭がガンガンする。吐きそうだ。

エレベーターでICUに運ばれているらしく、グンッと身体に下方向の力がかかる。慣性の法則すら吐き気を悪化させる。

 

ICUにつくやいなや、麻酔の副作用で盛大に吐いてしまった。付き添いの看護師がすばやく吸水マットを僕の口元にあてがったが、けっこうな量の胃液がベッドシーツの上にしたたる。

応援のナースコールが押される。三人の看護師たちに囲まれ僕は素早く手術着を脱がされ、身体を左右両方から拭き回された。あっという間にシーツは清潔なものにとって変わる。自分より若く見える看護師が活力に満ちた身体で淡々と職務を遂行する姿には、朦朧とした頭でもなにか眩しさを感じてしまう。

特に病状が悪化したわけではないのだが、全身麻酔後は一晩ICUで経過観察らしい。下半身にカテーテルを感じながら、なんとか身体の位置を変えようと試みる。そうしているうちに主治医が様子を観にやってきた。嘔吐の報告を受けてやってきたらしい医師は「あぁー吐いたかぁ。吐いたら楽になるからね。まぁ、今日はゆっくりして。」と呑気に言う。この状況でどうやってゆっくりするんだ、僕はそう心の中で悪態づいた。身体は動かないので、微かに目をしばたかせ首を縦に動かす。それを観て満足そうな主治医は、肩を揺らして帰って行った。この空間は、彼女にとっての日常の風景なのだろう。

主治医の指示通りに、ゆっくりしてみようとする。なんとか睡眠をとって身体と意識を休めたい。

しかし、ICUとはこんなに一晩中うるさいところなのか。子供向けテレビ番組の音が大きくなったり小さくなったりする。バイタルサインのモニター音が右からも左からも聞こえる。ストレッチャーの音、医療従事者が呼び交う声。音から推測するしかない他の入院者の命の息づかいと自分の身体の痛さで感覚の受容器がいっぱいになる。やっぱり、どうやってこんな状況でリラックスできるっていうんだ。先生にあとで文句を言わないとな。

結局断続的な夢遊状態くらいにしか意識は休まらず、点滴とモニターの向こうから朝日が差し込んだ。

深夜は止んでいた子供向け番組の音声が、また流れ始める。とっくに成人した人間ですらこんなに不安な場所で過ごさざるを得ない子供には、少しでも多くの現実逃避の物語が必要なのかもしれない。結局どういう子供たちがいるのか知ることはできなかったけれど。

 

それから僕は身体の内側から波うつ痛みの泥沼の中に身体をあずけながら、ぐったりとした一週間をすごした。ICUはというと、早々に追い出された。感染症の患者が次々と運ばれてきていて、僕のような若くて頑丈で回復の見込みばかりの人間を置いておく余地はないようだった。

病室の部屋割りについてあまり深く考えずに大部屋を予約していたのだけど、「ICU明けはね、一人でゆっくり休むに限るのよ」と病棟の看護師長が個室を手配してくれていた。

これによって得られた静寂と安寧には本当に感謝した。今までに身体を切り開いたことなんてないし、術後の体力消耗の度合いに同室の別人がどう影響するかなんて、どうも想像力が及ばなかった。局部的な手術だろうが、全身が悲鳴を上げている。腹に穴が空いても戦う漫画のキャラクターなんて俗にみるけれど、僕にはなれっこない。「痛い!」以外の思考も気力も湧かないんだから。

痛さと疲労が思考の全てを占める。車椅子に乗ってのトイレ、むせながら飲む水、食欲がわかない中で格闘する食事、それら一つ一つの行為があまりにも難しい。そんなだから、大部屋で他人の断続的ないびきを聴きながらだと回復までに余計な時間がかかるだろう。

 

痛さの感覚というのはこれほどまでに自分を消耗させるものなのだと初めて知った。慢性疼痛なんて病があるが、毎時思考の3割を持っていかているに違いない、なんというハンディキャップだ。あまりありがたくはないが、こういう新しい視点の獲得はせめてもの手土産なんじゃないかな、ぼんやりする頭でそんな風に考えた。

 

2週間後、退院することになった。痛みが引き、立ち歩けるようになったからだ。

しかし、腕の感覚がない。麻酔がずっと効きっぱなしというか、触っても感覚がないから自分の腕じゃないみたいだ。

筋肉を思い通りに動かすことはできる。脈打つ血液や熱も感じる。ただ、触れられた感覚や暑い冷たいが全くもってわからない。感覚がないというのは、茫漠とした不安を引き寄せる。それを僕は、サイボーグの身体部品を取り付けられ進化した自分、という自分の人格のメカアニメ好きの部分を最大限に利用して奮い立たせる戦略をとった。

「腕の感覚は、3ヶ月ほどしたら、だんだん戻りますよ。」

人を安心させる声の担当看護師がそう笑顔で言う。

「戻るんじゃなくて、きっとこれは人工の腕から人工の神経が伸びてきて僕の身体に接続してるんだ、もはや同じものじゃないよ」

そんなことを思ったけれど、屁理屈をいう面倒な患者になりたくなくて口をつぐんだ。

 

近未来みたいに華やかではないけど、僕は今、たしかにサイボーグだ。普通の人が外からみてもわからない秘密を抱えている。

上から触ってわかる、接続のための金属プレートの輪郭をなぞる。

お守りみたいだ。これからよろしくな。

 

病院のドアは相変わらず、かっこいい宇宙船みたいに薄く軽い電子音ではなく、ガガガガ…と重たい身体を引きずるように開いた。外はすっかり白い太陽の光で満ちる季節になってしまっている。

「ただいま世界。隔絶されている間に生まれ変わりましたよっと。」

手術した関節に、反対側の手でそっと触れる。

あと60年、この関節は持つんだろうか、途中でまた交換するのかな。これを交換しなければならないころにはもう僕はおじいさんになっていて、新開発の軽量樹脂関節に交換を選ぶだろう。

シニア野球とかできるかな、天然関節の人たちにはできない、115km台を75歳で。

関節を交換したほうが、自前の関節よりも強度や滑らかさがよくなって、便利だろうから自前の関節でなんとかやりくりしている人たちは羨むだろうな。もしくは誰でも自分の都合で健康な身体をより高スペックの人工パーツに置き換えできる世界になっているのだろうか。

スーツケースのハンドルを握る手には相変わらず感覚がない。でも僕の脳から発せられる電気信号は確かに伝わっていて、しっかりしたグリップを維持している。 順調だ、僕のサイボーグの身体。

 

参考: 池田光穂website『医療人類学辞典 “サイボーグ” 』