鶴の恩返しの鶴のきもち

 

あのね私、ずっと前にこっそり話したことがあったでしょ。そう、その好きな人に気持ちを伝えたの。伝えたっていうか…バレちゃった。すごく大事に思っている人で、もう5年も好きだったんだけど言えなくて。でもなんか、こんな終わり方になるなんてね。どうしよう、寂しいな。

ずっと私の一番の理解者だったんだよね。わたしが仕事も家族のことも恋愛も何もかも上手くいかなくて絶望してた時に、必死に涙をこらえて仕事をしていたあの時に、唯一目を覗き込んで「南さん今それ、本気でしんどいやつだよね。ちょっと休みな、大丈夫だから。」って言ってくれた。それから「どうしたい?ここにいて欲しい?ひとりになりたい?」とも聞いてくれて。

私、はじめて人前で涙を見せることができたの。わんわん泣いた。あの人は抱きしめてはくれなかったけど、遠慮がちに少しこちらに身体をもたせかけて、ずっと横に座っててくれてた。日が暮れても、暗い部屋でずっと。それが一番の手当てだって知っていたかのようだった。

ひとしきり泣いてからやっと、私は自分の心が血を流していたって気づけた。必死になりすぎてこごえた意識が、痛さも分からないくらいに麻痺していたんだよね。もし心が見えるなら、あたり一面は血痕と赤い手形でいっぱいだっただろうな。彼があたたかいところに導いてくれたから、休み方を覚えたんだよ。そうじゃなかったら今どうなっていたんだろうな。

その後も、彼は私のことを気にかけてくれて、私が望んだ時にはいつでも話を聞いてくれた。どんなに忙しくても時間を作ってくれて。自分からは何も望まないのに、ただ私のためにいてくれた。

きっと、彼本人も絶望で立ち上がれなかったことがあったんじゃないかなって思うの。だからその時の自分に似た目の暗さをした私を見かけて、放っておけなかったのかも。本当のところは分からない。私の知っているあの人はとても自立していて、機嫌がよくて、いつも面白おかしく現在進行形の日常の話をするばかりだったから。暗いところを自分から教えてくれることはなかった。

それはちょっと寂しかったな。ああ、私は求められてないんだな、って。本当に一緒にいて心地がよくて、どんどん惹かれていたから余計にね。私も彼に何かしたかったんだ。特別なものを共有したかった。彼がつらいときに力になりたかった。自分のたましいをすくい上げてくれた人にとって、不可欠な人間になりたいと思ってしまった。

その時点で、これは恋だって気がついた。ただの敬意や親しみや信頼感だけじゃない。一度気づいてしまったら、受け入れられたい、特別になり合いたいって欲がずるずると出てきて私の世界を覆い尽くすようだったよ。

でもね、彼から連絡をくれることって全くないの。私がメッセージを送ったら五時間でも話し続けるくせに。彼の視線は常にどこか別のところを見ていて、いつも望むのは私だった。わたしも「心に入れてよ!」って言うには勇気もなかった。気安く触れるにはあまりにも光に満ちていて、あまりにも大事な人になってしまっていたから。それからしばらくは「もうこのままでいいかな、この関係を壊すリスクをとって先に進むよりも今の心地いい関係を維持できたら、それはそれで幸せかも」って思うようにしてた。

実は転職して名古屋に来る前に、思いを伝えようと決心したことがあったんだけど…。私の勤務最終日に、彼入院したんだよね、親知らずを抜くからって。そんなタイミングで休む?私にとってはとても大きな節目だったんだけどな、それを知ってると思ったんだけどな。自分はほんと、なんとも思われていないんだよな、って思って、帰ってから一晩じゅうほろほろ泣いた。

「もう偶像崇拝でもいいや、都合よく心の支えになってもらおう」って割り切ろうと頑張った。その関係性のまま、私が転職して東京を離れてからも東京に用事があるごとに私からアポとって会ってたんだけどさ、コロナが流行って気軽に会えなくなったんだよね。東京出張も全くなくなってさ、社会不安ばっかり高まって。名古屋でデートしている人はいたけど、そんな時に無性に会いたくなるのは、やっぱりあの人だった。

どうせ彼からは連絡してくれることはないし、久しぶりだし、オンラインで話さない?って誘ったの。すぐ「いいね、いつ?」って返事があった。この人はほんと何考えてるんだ、って思いながらも、嬉しかったよね。

当日はいつもの通りすごく楽しかったよ。いつものように、全然話題は尽きなかった。楽しくなっちゃって、飲むつもりなかったのにお互い冷蔵庫からビールだしてきてさ。三本くらい飲んだかな。

でね、わたしのスクリーンを共有して昔の職場仲間で出かけたときの写真を見た後、それを閉じてトイレに立ったんだけど、その時にデスクトップに開きっぱなしになっていたファイルの中に、わたしの日記があったの…。そう、Zoom画面の前に日記の画面を写したまま、席をはずしちゃってた。帰ってきてびっくりしたよね…。

そう、そんなわけで「好きです」って書いてるの見られちゃいました、ははは。そんなうっかりしたバレ方ってある?全然面白くもない状況なのに自分で笑っちゃった。

彼、あぜんとした顔をしてた。「…見た?」って聞いたら、すごくぎこちなく頷いて。そんな顔しなくってもいいじゃん、って笑った顔がゆがまないようにするの大変だった。でも泣くこともできなくてさ。うん、不器用だよね。あの人もさ、なんで見るんだろうね。見えたら見えたで、なんとか隠し通したらいいのに。

そしてね、その瞬間もう例えようもない恥ずかしさが襲ってきたの。急に、画面の向こうの彼の姿を見ることができなくなってしまった。消えてしまいたいと思って、彼の言いかけた言葉も聞かずに「切るね」って言ってそのまま切っちゃった。それから、そのまま。あっちからも連絡はないし。

あのね、私「つるのおんがえし」の鶴の気持ちが解った気がするんだ。そう、あの昔話の。

そういう類の寓話って「見るなのタブー」って呼ばれてて、世界中に似たような話があるらしいね。ずっと、なんで鶴は人間の姿を見られたらもうここにはいられないのか理解できなかったんだけどね。別にいいじゃん、これが本当の私でした、って堂々としてれば。鶴を手当てするような優しい人はきっと受け入れてくれる。でも、鶴はいたたまれずに飛び立ってしまった。子供の頃はそれを不思議に思っていたんだよね、それを美談のように仕上げた物語の終わり方にも。

でもねえ、わかったよ。本来の自分を隠して、なんとか相手と一緒にいたいと思うときから一転、無防備で誇り高き部分を暴露された世界は、とてもいづらいものなんだね。はじめてそんな景色をみたよ。理想と現実の乖離は、隠蓑をはぎ取られた自分には耐えられなかった。見せようとしている自分と、だから、あの鶴も同じだったのかもって、ふと思ったんだよね。まあ、鶴と違ってわたしの見た目は変わんないから、向こうにとっては訳わかんないと思うけどさ。

鶴は、本当は嫌だった人間に化けることをしてすら報いたかったのかな。だって変身できるなら自分の姿を変えてワナから抜け出せたはずでしょう。もしくは、もともとそういう能力は持っていなかったけどなんとか恩に報いるために、自分の何かを犠牲にして神様に姿を変える力をもらいに行ったのかもしれない。

とにかく助けてもらったっていうのは命を削ってでも、自分の大事にしているものを押さえ込んででも大事にしたい事実だったんだね。

…うん、連絡とってないし、とるつもりもない。
一生大事に思うし、彼がわたしにしてくれたことは忘れない。
でもわたしは、どう頑張ってももう元の場所には戻れないと思うんだ。だから飛び立とうと思う。

ほんと、誰がどういう気持ちで作ったんだろうね、あのお話。昔々から、お話にすがって生きるしかない人がいたのかな。