食べ物と愛玩物のはざま: 愛でていたハヤトウリが可愛くなって食べられなかった話

 

ハヤトウリという食べ物がある。モニョモニョした形とシャキシャキの食感が特徴的な野菜だ。

 

わたしはメキシコで初めて見かけ、果物だと思い込んでひとつ購入した。かじったら驚くことに青くさかったので、「これはなんだ!?」と聞き回って、現地ではチャヨーテと呼ばれる野菜だということが判明した。スープや炒め物にして食べるものだというのでその通りにしてみたら、食感とほのかな甘みと香りがかなり美味しかった。その経験が強烈だったのと、チャヨーテという名前の語感も好きだったからよく覚えていた。そんなチャヨーテを大阪の中国食品店ではじめて見かけて、日本ではハヤトウリ(隼人瓜)と呼ばれるのだと知った。おまえ、そんなかっこいい名前があったのか。

野菜売り場で感情を揺り動かされたがために思わず手に取って、とあるハヤトウリを家に連れて帰った。そしてその容形を冬の間数ヶ月愛でていたら発芽してしまった。もうすでに愛着が湧いていて、食べられない。

その時にわたしは思った、「ペットの鶏を食用につぶせ、って言われたときってこんな感覚かな。」

ほんとこれどうしよう。

 

それで思い出したのが、最近読んだ力作のレポート記事。

私は一ヶ月後、この牛を殺します。〜私がヴィーガンにならないと決めるまで〜

 

愛情込めて育てた牛を食肉処理施設に送り届けて、それを食卓でいただくドキュメント。センセーショナルな内容だから大手メディアではなくライターの友人運営のメディアに、無償で掲載したらしい。それくらいに賛否両論のトピック。

常々畜産関係者の、動物への愛情や愛着の持ち方がどうなっているんだろうと、不思議に思ってきた。

わたしは昔、生きた鶏をさばいて食べるワークショップに参加したり、シカの頭骨標本を知人と作ったことがあるけれど、だからといって実家で飼っていた鳥が死んだ時にその子を剥製にすることはできず、悲しみに暮れたまま丁重に埋葬した。動物であれ植物であれモノであれ、自分の経験が後ろ側に見えすける存在のかたちを壊してしまうことは、わたしには難しい。

肉として食卓に届けるために家畜を屠殺するのは、生命を無下にするのとは違う。それはわかっている。ただ、自分は食べるつもりで買ったハヤトウリが可愛くなりそれが芽を伸ばしたとたんに食べることを諦めるほどだったので、どのような心の持ちようで日々いのちと接しているのかが気になる。

反面、「動物は食べ物ではなく友達だから、肉食は残酷な行為だ。」というヴィーガン的意見に対して、いつもモヤっとする。異種の生き物が対等な”友達”であるような場面はどれくらいあるのだろう。

ヴィーガンの広報映像で、笑っているように見える牛と人間が仲良くしているユートピア的なものがある。もちろんそれは虚実ではなく、実際に人と牛が心を許しあった情景なんだろう。

でも友達って言っても結局動物を飼う、つまり人間の管理下に置くわけで、それを動物の福祉とか権利と定義づけるのも、とても人間的なものだと思う。個体をペット化し、自分と相手の関係性を深く構築するのは美しいものだけれど、それを “動物 ー 人間” の構造に拡張するのは強引に見えてしまう。

ホルスタインはミルクを安定生産するために、茶色い短角牛は質の良い肉を取るために品種改良されたわけで、家畜として用いられることでこの世に存在している。しかし家畜である種の牛をレスキューしている団体が西洋にあるのも興味深い。全世界の牛がこのレスキュー牛のように広い敷地を自由に楽しそうに駆け回ったら、人間と生態系がより生きづらくなるのだけど、劣悪な環境にいる家畜が目に入ってしまったらいっそ屠殺するのではなく楽しい余生を過ごさせるようにファンディングするのだなあ。

 

 

まぁ、ヴィーガンたちとの交友関係のなかでモヤっとすることが多かったという個人的な経験が、ヴィーガニズム全体や家畜動物への愛護活動家へのわたしの像を若干ゆがめている気がする。環境保全を大事に思うからヴィーガンをしているといっている側で飛行機を存分に利用する旅行をする人や、動物愛護のためにヴィーガンだったイギリス人がメキシコに移住した途端にヴィーガンをやめたとか、そういうことを見聞きしてしまったから。自分の目に入る中での正義を推すのは、人間だからしかたないけれど。それに、選択的にでも自分の主義を通して行動しているだけで偉いのかもしれない。

考え続けるためのキーワードは愛着と、文化によって違う言語の概念体系でまちがいない。わたしは平気で肉を食べるけれど、自分の手の内のこのハヤトウリは食べられない。ヴィーガンすら平気で口にする野菜属性なのに。世界の全てに愛着を持ってしまったら、何も食べられないで、困るな。

 

そんなことを考えている間にも、ハヤトウリは芽を伸ばし、写真の通りにすくすくと育っている。

ほんとこれ、どうしよう。