思いつきと書きたさのタイムラグ、そして思い出せなさについて

 

今日は土曜日で、ゆっくりした1日のスタートだった。

昨日の晩、ブログをちょっと根詰めて買いたから文章が湧き出すモードになっているままな気がする。いいことだ、どんどん書こう。

起きてキッチンで紅茶を入れていると、2本ほど書きたいトピックが浮かんだ。そうだ、あれについて書こう、あれも。

 

そこまでは覚えている。肝心の、「あれ」がなんだったか思い出せないだけで。

なんだったっけ、結構人生において大事なことだった気がするんだったけど。

早く書きたいな…と思いながら朝ごはんをたべて、よしやるか…と思ってコーヒー淹れて、いざこうやってパソコンの前にすわってみると、何について書けばいいのか分からなくなっている。

構成も結構考えたのにな、本当に思い出せない。とりあえず何か書き出してみたらきっと思い出すだろうと思ったのに全然記憶が戻らなくて、自分にガッカリし始めている。

正直、これが初めてではない。アイデアは浮かんでは消えていく。あぶくほどもはっきりとした時間経緯が見えるわけでもなく、モヤの中にうっすら見えてはいつの間にか消えている。

朝寝ぼけていたから、というわけではない。夜でも昼でもよく起こることなのだ。ベッドに入って真っ暗のなかで目を閉じていると諸々の書き残しておくべきことを思いつくことが多い。眩しい電子機器のスクリーンを見たくないので、目を瞑って音声入力をするかメモをとるんだけど、それが使い物になることは少ない。翌日の自分がそれを解読できるとか、書きたい熱意が持続していることは稀だ。ベットから半身だけずり出て下書きを書いても、まとめて公開するところまでできることは少ない。パッとした思いつきはせいぜい500字の下書きになる程度で、だからそんな記事がこのごろびよブログには180件くらい溜まっている。

落ち込むのはよくない、ちょっと話題をずらして考えごとをしよう。お風呂に入っているときは、ウォータープルーフの紙を使ったノート&油性ペンとか、ジップロックに入れたスマホとかでなんとかなる。ウォータープルーフ のノートはコクヨの測量野帳って言うんだ、これいいよ。

 

ここまで書けなさについて書いてみて、このTweetを思い出した。小学生の作文で、原稿用紙に向かってみても何も思いつかない情景をそのまま書いたものだ。

これ恐れがないのがいいな。わたしだったら先生に怒られるかも、って思って書けない文章だな。時間以内に書かなきゃいけない、と焦りつつも誰に怒られるとか気にせずこれが書けるのが天才的だな。同じように、海外の作家でこういう書けなさを作品にしている人がいたな、誰だっけ。このツイートのツリーに誰かが書いていた気がするけど見つけられない。

 

結局ここまで書いてみても、最初に何を書こうと思っていたのか思い出せなかった。ああ、たった1時間前のことなのに、わたしの記憶力。キッチンに立ったら思い出せるかもと思って同じように立って同じようにヤカンを傾けてはみたけれど、思考は同じようなフローを見せてくれない。

もうこれで1000字超えたし、いいや。

おわります。