時代が時代なら馬喰か旅芸人か薬売りになっていたんだろうか

 

いい時代に生まれたものだ、と常々思っている。女だからって学びや発言を妨げられることもなく、外部からの圧力で家庭に入らなければならないこともなく、つてや資金がなくてもなんとかフリーランスとして生き抜くことができ、社交性が低くとも広い繋がりをゆるく保つSNSが存在し、同世代でシェアハウス生活することがおかしく思われない。そして、世界で有数の「強い」パスポートで、安価なフライトチケットを買って世界に飛び出すことができる。まぁ、今のご時世ではちょっと難しいけれど。

なんにせよ、現代では個人がまだ見ぬ新しいものを発見したり、自分に適した場所とのマッチングを求めて移動しやすくなっている。

わたしの祖母は家庭の没落で女学校を途中退学して奉公にでなければいけなかった人だから、繰り返しわたしに向かって言っていた。「あんた、いい時代に生まれたねえ」と。そう、いい時代、なのだ。少なくともここ日本の健康体でとりたてて大きな束縛がない人間にとっては。

私が二世代前、あるいはもっと前に生まれていたら、一体どうなっていただろうか。自分の意思とは無関係に移動させられる自分のステータスにうまく諦めを見出して適応していくことができる気がしない。どう考えたって、女だから勉強するな、女だからとっとと嫁に行ってあっちの家の言うことをよく聞け、という言説のなかで機嫌よく生きていけるわけがないので、舅姑に盾ついて出奔するにちがいない。

そうなったら、一体どうやって生きていくんだろう、ぼんやり考えるとやっぱり平民の流れものがたどり着くのは馬喰か旅芸人あたりだろうか。もしくは、富山の薬売りもいい。

ううん、芸人は無理かな、一行の付き人がわたしには似合う。見世物小屋の裏で朗々とした声を聞きながら繕い物をしたりしていたい。

家畜を追いながら各地を行き来るす馬喰は楽しそうだ。馬喰(ばくろう、博労)とは、牛追いおよび他の家畜の仲買人のことである。

丹波の但馬や尾道で小さな牛を買ってきて大きな田圃をしているお百姓さんに売りに行きます。その当時は機械が無いから田を耕すのは牛の仕事だからそのための牛。小さな牛を渡すと同時に前回渡した大きくなった牛と交換してもらいます。その差額を支払って大きくなった牛を引き取りその牛を又売りに行くという商売をしていたのです。

明治の人ご紹介 第12回 三ツ村 タツエさん

うまい説明を探していたら行き当たった明治生まれの人たちへの聞き書き、いいなこういうの。人類学を学んでおいてフィールドワークをきちんとやっていないので、近いうちにやってみたい。

そういえば宮本常一の『忘れられた日本人』に収録されている「 土佐源氏」は元馬喰の老人の色艶物語で、面白かった記憶がある。これを読んだから馬喰が流れものであるというイメージが脳裏に焼き付いた気がする。上のおばあちゃんの話している内容だと、拠点を据えた家業って感じだから…そういえば宮本常一には渋沢栄一というパトロンがいたけど、ああいう生き方も流れものと言えるんだろうか。

 

ここにきて、自分が女だということを忘れていた。当時女性が馬喰をすることはあったんだろうか。ネットで調べようと思ったけれど「馬喰町駅の女性の一人暮らしにおすすめな1K賃貸物件 」みたいな結果ばかり出てきた。

出奔という形でなくても、きっとわたしは組織の中でじっと同じことを続けていられないので農耕民族平民としては優秀になれなかっただろう。だからといって、江戸時代の女性の職業を調べて出てくるような客商売に成功していたとも思えないし、一発巫女ポジションを狙っていたのかもしれない。あるいは手芸はけっこう得意だから、繕い物か織物という家内制手工業と農耕の両立が落とし所なのかもしれない。しかし家事はまぁまぁできるのに、良い嫁や良い母ができる気がしないの、本当に問題だっただろうなと感じる。文字コミュニケーションが成立せず、年功序列の家庭内規範に従い、女は家庭を世話する義務を負い、学業での階層移動もできなかったら…考えるだけでこわい。

あるいは旅籠の下働きか、どこかの職人に頭を下げて技を学ぶか、なんらかの道が見出せるだろうか。ああ、歴史に疎いから選択肢を知らないな。もうちょっと日本国内の民俗関連について知りたくなってきた。風土に合わせて生きてきた人々から今学べることがある気がする。

勉強は大人になってからが楽しい。

 

最近全く遠出をしなくなったけれど、今改めてシュナの旅や蟲師を読むと、やっぱり旅への憧憬を感じる。

 

観光が好きと言うよりは、土地土地の人々をよく眺め、生き様の可能性を知ることが好きだ。だから息が詰まる気持ちがしたらすぐ、旅に出たくなるんだろう。

大局を見据えるのは苦手だけれど、好奇心ばっかりたくましいので色んな場所に出かけてきた。「女の子一人で大丈夫?!」だとか散々言われたけれど、無理やりに止められどこかに押し込められる事はなかった。

おかげで広く見渡しかぎ分け、反射的にその時点の自分に見合った選択肢をとることには長けている気がする。

 

そうやって取り止めもなく思考は浮遊していくけれど、今年の夏は特に関西から出ない気がする。

それはそれで最近楽しくて、狂ったように旅をしていた20代前半が嘘みたいだ。

今いる場所が、合っているってことなのかな。

いい時代に生まれていい場所に行き着いたとしたとしたら、とんでもなく幸運なことで、それに見合うようにするには、これからどう人生を使えば良いんだろうな。