ここから先、何を書いて行こうか



これまでブログにはだいたい全記事自分がこれまでの人生でしんどかったこと、それを改善するために考えたことを書いてきた。あとは情景描写やフィクションの練習か。よくここまで言葉が湧き出してきたと思う。というか、今まで湧き出していた言葉たちはどこにいってたんだ。そもそもこうやってしんどかったことを書けるようになってきたというのは、一番しんどかったところを脱してどんどん気持ちを楽にして生きられるようになってきたからだ。本当に肥大する自意識に苛まされていた時は、恥ずかしくて文章を編むことすらできなかったのだから。だいぶんと厚顔無恥を決め込んで好き勝手書き連ねることができるようになってきた。誰にも言えなかったことを文章の厚みで吐き出し、すこし心の容量が空いてきた気がする。

ブログを立てた時、向かう先は決めていなかった。目的は「書けるようになること」「誰のためでもないことを続けられるようになること」だった。とりあえず月10本・合計100本書いてみてからそこまでの道のりを見つめてみて、次を考えようと思っていた。いまそれが達成できそうなので、これからこのブログをどうしたいのか考えている。

まず旅のことをもっと書きたい。旅は、分厚い茫漠とした霧闇のなかでも迫りくるものをかぎ分け前に進むことができると教えてくれた。それくらい自分の人生の転機になった体験だからきちんとまとまった形に残しておきたい。だから昔書き殴ったノートを紐解き、改めて旅行記をずっと書こうとしていたのだけど、他の人の本や記事を読んでそのうまさと面白さに圧倒されて、書けなくなった。どんなものがウケるのかと考えると、ウケなかった時に負う痛みを考えると、キーボードを叩く指が進まない。それが半年くらい前のことで、今のわたしはもうちょっと先にいるはずだから手を付けてみると何か変わっているじゃないかと思う。

あと、ずっと続けている写真のことを文章に出来るようになったらいいと思う。こちらも、自分の見ている景色や面白いと思う発見についてを記録に残し、見返すことであたらしい解釈や考察を加えるきっかけになってくれた。もう10年くらいはなんだかんだ撮り続けているのだけど、カメラやガジェット自体には興味がないし視点も雑多で、だからいまだに全然作品としても自信を持てないままだ。でも自分の内面に大きく影響していることだから、自分が好きな自分の写真のあり方を言語化してみたい。今は写真は写真用のネーム、写真用のサイトを作ってアイデンティティを切り分けてやっているけど、だんだん自分を統合していきたい。

そうそう、旅写真と日常写真と水彩画とイラストとヘナと文章と日常のつぶやきと、いろいろ好きなことはあるからいろいろ手を出している。それを全部ちがうメディアを使ってひっそりと投稿しているのが現状で、それなりの量を生産しても散らばるからどうしていのかわからない。つくづく自分の見せ方とか、うまい整理整頓だとかが下手だなと思う。要は “編集” が苦手なんだろう。自分は好奇心にひっぱられあれこれ見てあれこれ考えるのだけどそれ全てを一人にぶつけるのは失礼が過ぎる。自己開示と表現のモードに自覚的になって、コミュニケーション方法を考えていきたい。

それからフィクションに関してできることをもっと広げたい。いまは自分の経験をベースに脚色している状態だ。それは基本としても、せめてもっとユーモアを足したい。それは自分が世界を知覚する時により面白おかしく感じるための装置にもなるはずだから。そういえば大学時代の文学の授業で購入した「小説の技巧」という本が家にあるな、当時は本当に授業が面白く感じられなかったから本の中身も当然わたしの中に残っていないけれど、今になって俄然興味が湧いてきた。

作文技巧自体を伸ばしたい気持ちは大きい。同じような表現を重ねて書いてしまう癖があるから、読む人の体力をそがない文章を生成する実験もしたい。今風のふわふわしたすてきなことばを紡ぐことは自分の嗜好ではないからその通りにする必要はないし、でもどこかに自分にも読者にもフィットする文章表現があるはず。そもそも読者がつくことを期待して作ったブログではないし、これからもあまり意識しないで行こうとは思っているけど、書くのが楽しくなってきたわけだから読み手を想定しておいたほうが、よりいいモノが書けるだろう。

これまで意識していなかったけど、ずっと自分のそばには本があったし文章があった。それらを読むことでなんとか生き抜いてきた感覚もある。いま書くことを覚えて、それがより自分の生き様を涵養するものだと気づいた。これを続けることで無意識領域のものが可視化され、もっと自分が行きやすくなったらいい。その過程でもし誰かに何かいい影響があるのなら、もっといい。


今のわたしは、そんな願いを持っている。

今日は七夕、近所の笹藪から一本拝借して短冊でも掲げようか。