友達ができない悩み(2): 感情と期待が、関係性に対して大き過ぎやしないか

 

もともと、そんなに友達と言える人は多くなかったし、仲良くなっても横から乱されたりして結局ひとりだった。友達づくりでもそんなだったわけで学生時代に学校内で恋人をつくるなんてもってのほかだったし、バイトでもなかなか話の輪に入れている感覚はなくて、なんでこうもうまくいかないのかと孤独感を募らせていた。

現在も交友関係は広くないが、深く話せる人・助け合える人の数は多いほうだと思う。そういう人が周りに複数いてくれるというのは、とても自分のQOLを上げている。でもなんとなく自然とできたことではない。これでも考えて考えて、やっと手に入れた場所なのだ。

以下、わたしが如何なる周囲との解離を抱えていてどう改善してきたかを書きますが、全て自分の視点と経験から得られた知見でしかなく、なんの学術的うらづけもない自論です。そのつもりで読んでください。

人間関係はすべて、状況と文脈と適量のコミュニケーション。

相手の反応をよく見ることもせず、期待ばかり大き過ぎた

そもそも自分がなんで人付き合いが下手だったかと考えると、自分に見えている世界と同じものが相手にも見えているだろうと思いこんでいたことが大きな間違いだった。知覚の方法も、感情の表し方も、言葉の伝え方も、パーソナルスペースの取り方もそれぞれ違うのに。

「どうして言葉を、思いを、わかってくれないんだろう。どうして一生懸命にみんなのためにやらないんだろう。わざとだ、意地悪だ、サボりだ。わたしはとても悲しい、悲しい、腹が立つ。」

真面目で義務感が強い家庭で育ち、自分自身もそれを当たり前として行動していたから同い年の相手にも押し付けていた。相手への好意のあまり “してあげたい” 欲求も、”してもらいたい” 期待も大き過ぎた。自分が学んだ本の言葉を相手も知っているとは限らないのに、それを思いやらないで話していた。相手がどういう表情をしているか、どう理解しているか、しっかり観察しなかった。さらに悪いことに、自分全部をまるっとわかってもらいたいと期待していた。そんなこと、親や恋人に対してでも期待して成功するものじゃない。

多面体の自分を目的と場所に応じて小出しにする、全力になるところと適当にいなすところの緩急をコントロールする、この2つができるようになってから、人間関係の質が変わってきた。

さらにわたしは自分の感情ばかり大き過ぎて、仲良くしたい相手が自分に冷たいと、絶望してばかりだった。自分の感情が大き過ぎて認知も咀嚼もコントロールもできていないなら、世界への期待値を下げたほうがいい。友達が一人もいない、誰も自分をわかってくれないという悩みで苦しくなるくらいなら、まず人生を『失敗前提の実験』をして遊び尽くすフィールドだと軽く考えたほうがいい。

もっと実質的には、カウンセリングなんかで吐き出しても良いのかもしれない。わたしはイギリス大学院時代にカウンセリングを受けたのだけど、そこではじめて客観的に見られたコンプレックスも多かった。日本だと占いなんかもカウンセリング代わりになってるんだろうか。SNSもうまく使えば相談事ができる場所になるのかもしれない。でも有名人の「DMで相談事を送るのやめてください」なんてツイートを見ていると、誰に悩みを言っていいのかわからない人も多いのかな、と推測してしまう。

それでもあまりにも自分を直視できず、あまりにも怖いときには

そもそもありとあらゆる人が自分を避けている、逃げていくという感覚がある人は、それが現実か自分の思い込みかを客観的に観測する必要があるように思える。今日1日に話した人数、内容、相手の反応を書きとめていって、まとまった量を分析してみる。

もし妄想に思えるのなら、それは専門家の助けを得るタイミングだ。溺れるものが藁をも掴む状態の時に必要なのは訓練を受けたライフセーバーである。

「自分はそもそもダメな人間だ、だからなにをしても無駄だ」とセルフネグレクトをしてしまうのなら、描き子さんの善玉菌・悪玉菌理論が役に立つかもしれない。ひとりのイラストレーターによる考え方の提案だけど、わたしの心には風を通してくれた。

「自分はそもそも醜いので価値がない」というような嫌悪があるなら、完璧主義をこじらせているか、自分で自分を嫌う理由を無理やり生成しているのかもしれない。人間は眉毛と髪型と服装と姿勢(+メイク)で大体変わる。いまからモデルを目指すわけでもあるまいし、一人のまともな社会構成員として受け入れられたい、友達を作りたい程度の基準は難なく超えられる。女性なら変身before-after写真が雑誌や動画サイトに大量にあるし、男性も大月渉さんのTwitter を見るといい。服装コーディネートやパーソナルショッピングサービスもたくさんあるし、服屋に飛び込んで「これくらいの予算で、爽やかで人当たりよさそうなコーディネートにしてください」などと言えばいいので、頭の中でグルグル不安になっているより簡単だったりする。

もしそれが現実なら、相手に無意識のうち不快感を与えている場合がある。あぶらぎった髪の毛か、体臭か、服装のだらしなさか、傲慢さか、押し付けがましさか、怖そうな見た目か、ごはんの食べ方か…なんらかの理由でなんらかの不安や不快感を相手に感じさせている。望まれていない自分の趣味の話を延々としていないか、ひがみや不満や愚痴ばかり言っていないか、相手の求めていないアドバイスをしていないか、相手を質問責めにしていないか、いらない物をむりやり受け取らせていないか、あまりにも汚い食事の仕方をしていないか、場に適切でない服装をしていないか、相手が不安になる距離の詰め方をしていないか。

結局のところ友達ができないという悩みは、自分自身をうまく把握できないということ、相手の反応の観測と分析ができていないということに等しい。

自分のどんな要素が他人を遠ざけるのか分析するのはしんどい。自分の立ち振る舞いをビデオにとって、人気者が話して誰かを夢中にさせているのと比べてみるといい。めちゃめちゃ凹むが、何が人を近寄せないポイントかがはっきりする。服装か清潔感か立ちふるまいか話し方か話す内容か…。相手の顔がよくて自分のが悪いだとか、そういうレベルの問題ではないはずだ。

もしそれでもわからないのであれば。率直で中立な自分の印象を教えてくれそうな人を捕まえて「自分のどの変がダメだから友達ができないんだと思いますか?」と聞いてみてもいい。10人中9人には変な人だと思われて無視されるかもしれないし、教えてもらえたとしても思いっきり傷つくだろうけど。ココナラなどのCtoCサービスプラットフォームでは、関係性の構築にアドバイスをくれる人もいるみたいなので、わたしならこれを使う。自分自身ではどうしても皆目つかず、そして身の回りでは聞きにくいことを教えてくれるサービスを直接購入できる。すごい時代だな。

男性が女性と仲良くなれないという悩みだったら、いまはレンタル彼女などのサービスがあるから便利だ。(女性でもレンタルできるんだろうか?)服装やふるまいのアドバイスもくれるしデートの練習もできるのって、すごい。そういうのは現実の人間関係で失敗して学ぶものだけれど、実際の人間関係での失敗にむやみに傷つきがちだったり、すでに悲惨なトラウマがある人間には、お金をはらって「公式な練習」ができる機会って大事だと思う。お金は偉大。

善人として信頼されよう、搾取の気配には敏感に

そして最後に、やっぱり全ての根本は “いい人” であることに尽きる。「あの人はちょっと喋るのが苦手だし、無愛想だけど絶対に嘘をつかないし、それに困ったときにはとても親切にしてくれる」、そう思われておいて損はない。わたしは、ギブアンドテイクでいうと、自分がちょっと多めにギブしている感覚を保つようにしている。

長続きする関係を作りたいのなら、出し抜き・出し抜かれる関係ではなかなかうまくいかない。そもそも、自然と友達を作れもしない人間がそんな高度なことをしようと思っても続きやしない。

結局人間関係は信頼感の醸成で、そのベースとなるのが親切心と誠実さだと思う。そしてその部分で共感しあえた人との関係性の温度はけっこう長持ちする。

ただ、そういう親切心に胡坐をかくような人間もいるもので、気をつけなければならない。ひとりで彷徨っていると、価値観の尺度が全く違う人たちがラッキー!とあわよくば使い尽くしてやろうとしてくる。一見親しげな「君は仲間だよ!」というアピールを受けるが、違和感があったらその感覚を大事にしたほうがいい。『言葉にならないがもやもやする』は大概正しい。

他人を搾取して平気な人間たちがどういう精神構造になっているのか全くわからないが、そういう生き物も存在するのだと思って、自衛しなければならない。わたし自身の見極める基準としては「自分が大切にしているのに、自分を大切にしてくれない」人間からは離れる、だ。

相手のステータスが高くて、見栄のために関係を切るのが惜しい?利用してこようとする人間を自分も自覚的に利用しているのなら、それは自由だと思う。搾取されてようとも寂しさを感じるよりマシ、という確固たる確信があるなら、それも一つの選択肢だとは思う。わたしもコンテンツとしては面白いが人間性が嫌いな人との関係を、深みにはまらないように気をつけて維持していたりする。何か一つの正しい方法論を提示することはわたしにはできない。

とまあ、そんなこんなで色々書いたけれど、わたし自身いつまでも試行錯誤の人生で、ちっとも生きるのがうまくならない。でもそれで傷つくこと、自分を責めることはほとんどなくなってきたから、自分の人生の瑕疵が誰かのためになったら良いなと思う。

このブログにたどり着く人のキーワードが、結構悩んでる人のそれなんだよな…。少しは何か新しい視座を提供することができていたらいいのだけど。

最後に、自意識の肥大に悩む方がいたらと思い、本のリンクを貼っておきます。