世界は拡散していく一方で、わたしは途方にくれて立ち止まり「ひとつ、ひとつ」と唱える


現代人は、どんどん手放すことが苦手になっていっている。つまり、わたしのことだ。

モノが簡単に手に入る割にはゴミの分別はどんどん複雑になっていて、リサイクルやエコにも注意を払わなければいけない空気感もひしひしと感じる。そんな世界で生きているわけで、いったん所有したものを手放すのが難しい。実態のあるモノだけでなく、それに簡単に記憶のトリガーとしてデジタル画像や文章を保存しておける時代でもある。SNSには日常で言葉を交わすよりもずっと多い人数に届くメッセージを配置し、スマホには記憶できるよりもずっと多い人脈と予定を管理する。人付き合いも気軽に、軽率になった。

健康に生きる義務はない。けれどそれなりに健全で清潔に生きようとおもったら歯は磨かなければならないし、お風呂に入らなければいけないし、髪は整えなければいけない。一人暮らしをすると、洗濯、掃除、買い物、衣替えが増える。女だというだけでスキンケア、除毛、メイクなどの社会的要請にもさらされる。ボディポジティビティを唱えてそれに反逆するほどの気概と気力をわたしは持ち合わせないので、人がするのを横目で見て必死に真似する。

20歳超えると、税金、年金、確定申告、健康管理。20代に入りたてのわたしは、こういう諸々のことの集合体に襲われた時、「大人になるってこういうことか…!」と打ちのめされた思いがした。(もう一つそう思った場面は、同い年や年下のスポーツ選手が活躍し始めたことだった。最近は、知っている芸能人の死に、大人であることを感じる)

それなりに効率化するのは得意な方だと思う、なにせズボラだから。所作をすっ飛ばせば、60点くらいはだせる。60点止まりだけど。それは日常の行政手続きだとか家事だとかでも同じだ。だけど、忙しい。3年あっていない人のことをふと思い出して手紙を書くには忙しすぎる。

8年前に旅行した南国の知り合いが月に1度ほど ” Hi, How are you? “というメッセージを送ってくれる。でもわたしは、特に日常生活に接続されていない、もはや感情に直結するほど鮮やかな記憶の中にもいない人に、誠実な態度で返事をすることができない。だって、何を話せばいいのだろう。わたしは彼にとって数少ない外国人の知り合いで、娯楽の少ない国では楽しい思い出をゆったりといつまでも噛みしめられて、いつも周囲とするように穏便な会話で綿密な人間関係のケアをしたいのかもしれない。わたしはその能天気に見える、連絡事項は何もないただの挨拶一行に対してジリッとしたいらつきを感じる自分を嫌に思う。そして「先進国病だよ…」とうめきながら、既読もつけずにメッセージをアーカイブする。

わたしがどう感じようと、生活は続く。

母のしていた通りにきちんとしようと思う時もあるが、その瞬間に増幅する工程にめまいがする。なぜ実家というのはいつも、モノは数多く、冷蔵庫の糖質類はうずたかく、新聞と段ボールが溜まっていながらも、鉢植えは青々としていて所定の場所に所定のものが収まっているのだろうか。どうしたらそれが可能なのだろう。わたしが、お皿を使ったら洗い、化粧品を使ったら戻し、服をきたら洗ってアイロンをかけてTPOに合わせてしまっていたら、それだけで1日が終わる。面倒を見るべきが自分だけしかいないというのに。

その上、フリーランスとして持っているマネーリソースも多岐にわたり、一つ一つが小さい。明確な目標を持って生きていないから、よけいにたちが悪い。頼まれたことは大体うけて、大体60点くらいでこなす。人が足りない急ぎの用や、新しい業態で人材がすぐほしい知人たちが、器用貧乏なわたしに声をかけ、器用貧乏なりにこなす。マイナス100よりはマシな結果を出すから、それなりに使い勝手のいい萬屋として、飯の種がゼロになることはない。

何になりたいわけでもなく、手に取ったものはそこそこなんでも楽しめ、でも自分の心を丸ごと取り出して移譲するほど、何にも夢中になれない。

自分の体力のなさ、睡眠の長さ(不調を感じずベッドから起き、イライラを感じず1日を過ごすには9時間ほしい)、全部きちんとした上でいろんなことに手を出していたら破滅することはわかっている。でもわたしの好奇心に対して自律性があまりにも弱く、手にした小さなおもちゃをあちこちに取りこぼして、なにも形をなしていない現実が残る。

わかっているのにな。ひとつを選ぶ、ひとつをやり続けるということが、どうしてこうも難しいんだろうか。

「わたしには写真しかないの、写真しかできないから。」国際写真祭や、国内コンペ入賞常連の知人が言っていた言葉を思い出す。

写真、文章、旅、ヘナタトゥ、ソーシャルプロジェクトや自然探索、好きなことに関しては、ようやく、なんとなく、方向性は見えてきた気がする。

手を出していることが多いから時折、脇目を振らずに走っている人たちと人生が交差する。しかも、30歳にもなるとその種の人たちのレベルというのはどの人をとってみても卓越している。

アフリカの公教育のためにファンドレイジングに駆け回り、自分でNGOを立ち上げるひと。写真家としてコンペに出し続け、出版もし、自分のアトリエでワークショップを開くひと。地方創生系を専門にライター業を続け本を出し、その分野でのライティング技法のスクールを定期的に行っている人。大卒すぐに商社に就職し、駐在も経験し、帰国してから管理職コースなひと。国内でずっと続けてきた医学研究を続けるためにアメリカに渡って、予算を取り、論文を書き、研究室を持つ準備をしているひと。

自分もそこにいたのかもしれない、並行世界。でも現実は、わたしはありあわせの断片をかき集めた出来損ないで、作業途中の貼り絵みたいな存在だ。自分が目指す先を見つけ、家族を形成しつつある同年代の友人たちは、優しい目で「いろんなことができるんだね、すごいね」という。世代を超えた先輩たちも未だオモシロ枠としてわたしを見つめるが、それもいつまでのことだろうか。

20代のころは「若いじゃん」と言われていた。30代になったら「まだ若いじゃん」と言われる。きっとすぐ「まだ大丈夫だよ」とか言われるようになるんだろう。

そのころ、わたしの手には何が残っているのだろうか。

そんな不安をかき消すおまじないのように「ひとつ、ひとつ」とつぶやきながら、黄色いふせんのtodoリストと、赤いふせんのやりたいことリストと、青いふせんの長期目標候補を手に、おろおろと人生を進むのだ。今日も、明日も。