楽しくなってきた人生、しかし書く理由がなくなってきた


陰険な性格はそばに置いておいて、客観的にみたらかなり刺激的で動的、おもしろさに満ちた人生の道程を経てきたと思っている。ネガティブな姿勢で生きてきたことを反省し、楽しいことを記憶から掘り起こして偏った思考を立て直そうとしている近年、特にその思いが強くなってきた。

ただ、まだブログでそれを書きたいと思えていないのが目下の悩みだ。なんで書けないんだろう。

それだけでなく、吐き出す思考もあんまりない。なんだかぼんやりたのしく平穏に日々が過ぎている。「努力して人に認められなきゃ」という焦燥感や、「もっと言語をわかるようになりたい」という渇望、お金がなくて生活が立ち行かなくなることへの不安すら感じず、辿り着くところまで逃げおおせたような気分で余生感がある。人生ゲームで言うと、精算が終わって約束手形も家も手元にない状態に感じる(ちなみに、現実は決してそんなことはない)。正直こんなのは初めてで、戸惑っている。


わたしは「ふつう」の家庭に生まれ育ち、何を間違ったのか八方美人を本気で演じながら義務教育時代を過ごした。その頃は疲労と不満と怒りと怯えでいっぱいで、記憶の映像や感情がめちゃめちゃ薄ぼんやりしている。でも大学に入ったあと自我が発露して、そこからが格段に面白くなってきた。

大学に入りたてで、退屈でやさぐれた私はバックパッカー旅を始め、名所は見て回らずともアジアヨーロッパ中東アフリカ、いろんな国の人の生活の場面に入れてもらい多くの親切を受けた。数日一緒に時間を過ごしただけの人とも数年のインターネットでのやりとりを続け、ついには結婚式に呼んでもらったりもした。そんな感じで結婚式を目的に渡航した国が3箇所ある。

塾講師からデータ打ち込みから居酒屋から、結婚式場のカメラマンからスーパーの試食から深夜の印刷所から、はてはブランド品の海外買い付け同行まで、多様なバイトをした。途上国団体や映画祭のボランティア、スタディツアー参加、大手企業インターンもした。ちなみにわたしの企業就職に恐れを抱くようになったのは、その大手企業インターン時に担当者が「睡眠時間は、4時間。結構寝てるでしょ?」と言ったことだ。9時間睡眠の民だぞ、こちとら。

それからコロナ禍以降だったら、今まで通ってこなかった漫画やアニメを大量摂取し、SFにハマった。それから人外を演じたマッチングアプリはめちゃめちゃ楽しかった。(演じるというか、わたしのキャラを性的なイメージを想起させない動物に載せたアカウントを運用していた。)駆け引きがしたい、ちやほやされたいなんて気持ちはさらさらなくて、ただ怯えと不安で直視してこなかった日本の同世代の生活や趣味や考え方、それに恋愛事情を知りたいなと思ったから始めたアカウントだった。他にそんな風にマッチングアプリを使う人なんていないから、意外とたくさんの人に面白がってもらった。異性同性問わず、まっさらな意見を論上にあげても安心していられるような友達も複数人できた。「マッチングアプリでマブダチできました」はけっこう稀だと思う。

そんな楽しいことをしているんだからそれを書けばいいのに、「あれができない」「これが怖い」と、底の方にたまったものばかりについて書いている。認知行動療法を試していたころには大いなる意義があったし、その暗い思いを書き出して公開できるようになったのは自分の成長にちがいない。でも、これまで自分のこころをドロドロの渦に押し込めていた自責の妖怪がだいぶんと薄くなってきた今、「書きたい…書かねばならない、吐き出さねば、やっていけない」という思い自体が、「今度は楽しいことを書きたいな」という移行をすることなく、低減に向かっている。なんでなん?

ここ1、2ヶ月で、こういう「書くことがない」「書けないことは書けるが、それ以外書けない」みたいな悩みを3回は書いた気がする。ブログを書こうと思う度に、同じところにぶち当たっているのだ。

今このブログには、推しのTwitterからの流入と、大事な人に拒絶された人が検索でたどり着いた流入がある。ブログを開くたびにビュー数の通知を見て、「また誰か拒絶されている…」と知るわけだ。そこから「こういう話題に需要があるんだな、もう一本書いてみるか」とはならず、その人の傷があまり深くないこと、そして今後の幸運を祈って終わる。

楽しい経験の中にも、誰かのためになりそうな知見があるのに。書くこと自体が、自分のためになることはわかっているのに。別に日常生活で、奇天烈なマッチングアプリの叫び穴役について話すこともないので、記憶は薄れてゆく一方。書くのは楽しい、いい趣味だし文章を書く練習にもなる。でも人が読みたいと思うだろう目新しいネタをなかなかうまくまとめられない。

そもそも名誉欲や承認欲求が薄い(というか、むしろ目立ちたくない)、ブログから金稼ぎをすることに必死になるべき状況でもない(なったほうがいいとおもう自分もいるが怠惰が邪魔をする)、ビュー数を増やすゲーム性にも興味がない(色や形やことばの美しさに耽溺してるほうの快感のほうが強い)。

ていねいな暮らしをしたい非ネット民であれば非常にいい性分なのだけれど、ネットに書き散らしたい人間としては三重苦だ。

将来的に知り合いにも見せられるブログになったらいいなとどこかで思ってきた、でもこのままだとほんとにキツい。

note のような媒体は、閲覧者は増えるだろうけどわたし向きじゃないだろうし、やっぱりこのブログにこもって、全部このなかに蓄積させるのがいいとは思う。やっぱり月10本の目標を取り払うとかした方が、やる気が起きたりするんだろうか。