120記事書いたので、酒をあおって書いた記事を見返す

これで120記事目の投稿だ。嬉しい。だいぶ、しみじみと嬉しい。なぜなら、「誰のためでもない、自分だけの行為」としてブログを始めて丸1年、平均月に10本書くという目標を達成できたから。ほぼ2000字を超えていて、どこかからコピペしてきて薄めたような記事はない。結果として言える、書くことが好きだし向いているみたいだ。

今まで自分のために目標を立てて達成できたことなんてほとんどない。生活習慣も習い事も受験も全部、だれかの期待の目に答えたかったから頑張っていた。そういえば作文は昔から得意だったけど、結局は好成績をとるのに適したものを書いていて、それが正しいと疑いもしなかった。高校時代の美術部の油絵作品とか旅は自分で選んで楽しんでやったことだけど、あれらは行き当たりばったりで、計画性を伴わない。

それなのに、ブログは続いた。誰か特定の人に読ませるわけでもなく、文章技巧を練習するわけでもなく、アフィリエイト収入を狙うわけでもなく、ただ書きたいことを書き、書き切ることを目的にして書いていた。それで、続いた。思った以上に書きたいことが湧いてきたことに、自分で驚いた。

ブログを始める動機として、自分の精神のあり方を把握して改善させるため「認知行動療法」の代わりになったらいいなという思いはあった。実際にブログは良い効果をもたらしてくれたと思う。今まで痛覚にしか響かなかった心の中のわだかまりが言語化され咀嚼されたことで、それぞれしかるべき記憶の棚に整頓された。周りの人への自己開示へのハードルが少し下がったし、書きながら気づけたことも多い。

その一方でなんの能力向上も目的としていなかったわけだけど、技巧的にも少々の改善はあった。まず、文章をある程度の文字数でまとめるのが少し上手くなった気がする。そして、自分の語彙と断定形で好きなことを書きまくる胆力がついた。アイキャッチとして適当な絵も100枚くらいは描いたので、デジタルでの色使いが上手くなった気がする。そしてなにより「こんなことやって何になるんだろう」という疑念を無視する、という技術が身についた。これが、今後とても役に立ちそう。

ただ「他人が読みたくなるものを書く」がいかに難しいのかも、同時に思い知った。そもそも、自分の内面のネガティブなことについてグルグル逡巡しているのが主な内容なので、あまりキャッチーではない。そしてブログ開始当初はトンマナを「です・ます」にするのか、親しげにするのか、まとめ記事風にするのか、エッセイ記事風にするのか、考えすぎて迷走した。結果いろいろ適当に試してみて、自分の快・不快に委ねた結果こういうスタイルに落ち着いた。ハウツー記事や、何か一つの立場の正論を述べるのは、圧倒的に向いていない。

そうでなくても自分の文章に癖と圧があることはわかっている。見出しや写真挿入も最近は面倒くさくてしていないので相当量の文章を読む人でもないと読みにくい体裁だろう。そして、相当量の文章を読む人には冗長だろう。記事を見返してみると、「自分の文章ちょっとくどいんだよな…でも今から直すのもめんどうだし読み直したくもないなぁ」と思う。書き直したりするのが苦手で、書いたら書きっぱなしなのが悪い、ジグザグに全力で駆け抜け後ろを見ないような生き方そのままだ。ちなみにアイキャッチはパッと目に入った時にあまりにも迷走していて辛かったので、いくつか描き直した。「それっぽさ」を狙って外していると、イタい。

その一方で意外と検索流入があって、勉強になった。検索ワードを解析するのは面白かったので、ウェブマーケティングは探求すると楽しめるのかもしれない。あとは、言語と旅と書評の3つが、自分が主に他人に価値提供できるコンテンツなんだということも分かった。

最初のサーバー契約で3年分のお金を払ってしまったので、とりあえずはあと2年はブログを続けるだろう。次の1年はまた違うことをやってみたい。

記事も、いったん「他人に読ませたいか、自分が読み直したいか」を基準に選別してみることにする。残す残さないを決めたら、溜まっている170件の下書きと一緒に整理してEvernoteとかにアーカイブとしてまとめ、ごろびよブログ自体はすっきりとさせよう。

実の詰まった1年だった。行為に意味があるかを短絡的に考えずに、ただ楽しいからと続けることができて初めて見える景色があるのだな。

来年どうなってるかな、楽しみだ。