人付き合い下手なのに接客バイトばかりな学生時代の失敗と、その結果得たもの

 

わたしは大学生になって初めてアルバイトというものを経験した。実家から通えてしまう距離の大学にしか受からず、「実家離脱作戦大失敗…」と内心思ってはいても楽な方に引っ張られたため一人暮らしはせず、生活費は高校時代までと同じくおんぶに抱っこだった。だけど、「大学生といったらバイトはするもんだ」となぜか思っていたし、大学1年生の時に一人旅を始め、その資金が必要でもあった。

大学は退屈に感じられ、そこから逃れたくて長期休みはほぼ全て旅に当てた。大学の夏休みが8〜9月の2ヶ月、冬休みが12月中旬から1月中旬までの約1ヶ月。そんな長い休みを一介のアルバイト学生にくれるような超特例的に寛大な雇い主に巡り合うことはほぼなく、わたしはバイトを転々とすることになる。まぁそんな人はいない。バイトは基本的に、すでに出来上がっている仕組みの中で、定められた労働力を提供することで成立するから。

自分ができそうだと思ったバイト・受かったバイトが接客ばかりで、無い社交性を振り絞ったあげく空回りしたり疲れて愛想が続かなかったり理不尽な要求や説教を受けたり、結構しんどいこともあった。愛想の要らない単純作業バイトもしたけど、能力向上もなにもいらない、ただ機械でできない単純労働を人海戦術で行う現場には一瞬で飽きた。自分の特性適性趣味嗜好をちゃんと自覚できていなかったのと、仕事の探し方が下手だったから、バイトもしんどい経験になってしまったのだとおもう。

今だったら時間と存在を切り売りするバイトじゃなくて、技能を売れるバイトを探す。具体的には、プログラミングと英語を学んでそれを生かすバイトをする。社交性の容量が少ないのに我慢して接客しなくていいし、同じ作業の繰り返しでもないし、プロの仕事を直近に見ることができるし、うまく探せば単価も最低賃金ではないだろうし、経験と技能を将来に活かせる可能性が高いからだ。一から学ばないといけない技能だったとしても、個人的にどうでもいい人に無理やり笑顔を絞り出して個人的にどうでもいい商品を売るよりも、勉強して新しいことを身につけることのほうがハードルが低いタイプの人間だから。大学のwifiや講義やIT室のスタッフの方々、一括契約しているソフトを使ったら必要なリソースは手に入るだろう。

まあでも、そんな戦略を18歳で考えられるほど頭が良くないので、正面総当たりして入れてもらえる環境で頑張るしかなかった。というか、それしか知らなかった。「バイト 学生」で検索してでてきたサイトの中にあるものしか見ていなかった。

こういうこと、当時知っておきたかったな。

 

今となっては自分の性分を把握することができているけど、それまでどうやって働いてきたんだっけ。今まで、やってきたアルバイトらしいアルバイトを思い出してみる。ちなみに服屋とか雑貨屋とかも受けて、見事に落ちたことを申し添えておく。うん、こんなに親しみやすさや愛嬌を出すのが苦手な店員いないもんな。「あの雑貨屋好きだしなんとなくかっこいいな〜」は「わたしにはあの雑貨屋で働く適性があるだろう」はまったくイコールではない。

これまで経験してきたアルバイトは、

  • 公文式の丸つけ先生(もともと知っている先生のところだったので、休みも取らせてくれてなんだかんだ2年続ける。土曜日の朝起きるのがつらくて辞める)
  • 自転車登録用紙の打ち込み(打ち込みスピードを最大限にあげたところで飽きて辞める、何枚打ち込みしても給与が変わらなかったのも嫌だった)
  • 居酒屋のホール(2ヶ月で「長期休み旅行するんで」と辞める、戻る予定だったけれどやんわり「要らない」と言われてそのままフェードアウト)
  • スーパーの試食コーナー(土日の派遣、バイトの身分としては比較的支払いがよく、自分の都合がいい時だけ申請して案件を振ってもらえるので、接客は嫌だったが都合はよかった)
  • 定期郵送物の包装(夜勤派遣、眠すぎて1週間以上続かなかった)
  • 家庭教師(勉強に興味をもってもらおうと頑張りすぎて引かれたらしく、2ヶ月でやんわりクビになる)

上にリストアップした類のバイトを見て分かる通り、人付き合いが苦手なのに接客ばかりしていた。唯一の単純作業のデータ打ち込みも、毎日同じ作業の繰り返しに飽きて続かなかった。そもそも、定時に絶対出勤するのが向いていない。かなり頑張ったところで5分遅刻を繰り返した。(定時勤務で労働力を切り売りする現場で遅刻するのは、全部わたしが悪い。)「15分前には到着して準備」というルールがあるバイトも多く、それすら労働だという考え方のわたしにとってはかなりの苦痛を伴った。この頃は、お金を稼ぐというのは苦痛を受けた対価なのだ、という感覚で労働をしていたように思う。

今住んでいる地域でたまに顔を出す小道具店にはセンスの良さそうな大学生バイトがいて、オーナーに「どうやってバイトの子を見つけたんですか?」と聞いたら「いや、彼がやってきて仲良くなってね、『この店が好きです、ここでバイトしたいです、させて下さい!』って言うからさ。」との答えだった。自分の好きな環境で楽しく働く経験は、自分の熱意とかスキルとかセンスをアピールして勝ち取るものらしい。何をどうやったら、そんなことその年齢で知り得たんだろう。

今だったら口を出さずにまず観察し、人を見きわめる目が成長しているから家庭教師や講師系の仕事がそれなりにうまく楽しくできる。でも当時は自分が正しいと思ったことは他人も正しいと思うに違いないと疑わなかったから、人に意見を押し付けたりもしていただろう。家庭教師登録をしていたエージェントから「依頼主の方は塾に行くらしいので、もう家庭教師は要らないそうです、また案件があったらご連絡しますね」という電話があったきり連絡が来なかった。まぁ、わたしが悪い。よく5分遅刻したし、早口でしゃべるし、勉強が好きじゃくて成績が良くない子に、馬力や根性が必要なやり方を試すよう促していたから。

実は、経験したアルバイトはまだある。

  • 安ウェブライター
  • 結婚式場カメラマン見習い〜集合写真カメラマン

これをバイトと言えるのかわからないけど、1本1500円でインタビュー取材と写真撮影とライティングまでやるウェブライターもやった。給与払いだったからアルバイトでいいのだと思ってここに含める。個人がやっているファッション関連のウェブサイトの記事を書いていたのだけど、今見ると40本くらいあった。そんなにやったのか..。正直今考えると「よくその単価でやる気になったな…?」と思うけれど、なんの経験もない、結婚式場カメラマンバイトを始めた影響でちょっといいカメラを買ったばかりの大学生だったから、好きにやっていいよ、という環境は嬉しかった。クラウドワークスのサイトを調べてみたら、コタツ記事(ただウェブで調べてきた内容をまとめるだけの記事)量産ライターの単価が1500円〜3000円とかで、なんだか虚しくなる。しかし当時のわたしは “取材” という言い訳で、ライターという役割を持っていろんなところに出向いて話を聞けることに価値を感じていたので金銭的対価はどうでもよかったのだ。自分は人付き合いが苦手だけど、なんらかの役割があったらある程度それを演じることができるということも学んだ。この安ライター経験で、Wordpressを知ったしウェブライティングの体裁を学んだ。インタビューの取り方も最初は自分の好奇心まかせの自己流だったけれど、取材先もよく付き合ってくれたと思う。

結婚式場カメラマンのバイトは、一番楽しくて今の人生にも生きている。これも正直 “とらば〜ゆ” か何か、リクルートの手の上範疇で見つけたバイトではあったとおもう。バイト説明の写真がコンデジで、「写真を撮るのは楽しそうだし、このカメラならわたしにもできるかも」と思ったら、普通にハイレベルデジタル一眼レフカメラ+プロ照明機器だった。

しかしここで機材運びから始め、カメラの使い方を学び、接客の声色、表情、姿勢、作法も叩き込まれた。働いている人たちも、写真専門学校学生から、ミュージカル舞台とコスプレイヤーをしながらカメラアシスタントをしている20代、映像作品を自主制作する一方で結婚式ダイジェストビデオ担当をしている30代、冬はスノーボード専門カメラマンになるのでその他の季節だけ結婚式写真を撮っている40代、写真館と出張フードカメラマンと結婚式場ビデオマンを掛け持ちしている50代など、いままで全然人生に現れてこなかったタイプの人たちが集まっている場で、とても面白かった。「そんな生き方もありなんだ!」と知った。面接の時も根暗な感じをダダ漏れにしていたはずだけど、なぜか受かったことを不思議に思ってはいた。今考えると、これだけいろんな人がいたからわたしも受け入れてもらえ忍耐強く教育してもらえたのだな。

ここは正直続けたかったけれど、1年休学して旅に出るから、という理由で辞めた。大学4年生はインターンやら卒論やらで忙しかったので、戻ることもなかった。その後写真はわたしの大事な生活の一部となり今に至っている。カメラを触るのはとても楽しかったけどやっぱり接客は下手で表情もうまく作れず、とてもしんどいときもあった。けれど、このアルバイトは人生の方向性を少し変えてくれた。若い時に無茶しておいてよかった。考えなしに突っ走ったおかげで乗り越えられたものも多い。今となっては不安で足がすくんでしまうだろう。

ここまで至るのには、長い道のりだったな、と思い返してしみじみ思う。わたしがもうちょっと社会の仕組みとか物事の動き方とかに聡かったら、色々賢いやり方で苦痛を避けられたんだろうけど、要領が悪いなりに色々ぶつかった結果向き不向きを身体で学習できた。それにここまで来たからこそ他人の苦労が想像つく人間にもなったので、結果オーライなのではないかとおもう。

当然、この行き当たりばったりな人生の味わい深さを生かすには、今からのわたしが頑張らないといけないのだけど。