なんでアウトプットができないんだろう

 

ここに陰鬱な文章をたくさん書いているおかげで、1年前よりは元気に過ごすことができている。昔にくらべたら自分のことをよくわかり、よく制御できている気がするが、しかしうまくいっていないところも多々ある。特に致命的なのが、明確な計画や企画ができない、制作を貫徹できない、制作物を人の評価に晒すことができない、という3つだ。

このブログをアウトプットといえば確かにアウトプットだ。そう思うと月に10本2〜3000字を書き続けているというのは “アウトプット” 量としては多いことになるのかもしれない。でもここではクオリティについて誰も目標を設定しておらず誰も文句を言わない。他人の評価に晒される場面ではなく、インターネットの孤島みたいなものだ。SEO対策もせず検索流入分析もしない。「食えるアウトプット」ではない。

まぁ、ブログは食えないアウトプットでいいのだ。自分の認知行動療法的な側面で大いに役立っているから。自分の視点の保存や文章構成の練習、文章生成の体力づくりとしてもいい。もともと文章を書くのは苦にならない…学問に貢献する新しいオリジナルの切り口を提供する必要がなければ。そして「芸能人の本名は?調べてみました!」みたいなゴシップネタも、書いたことはないけれど書かなければならなくなったら耐えられないと思う。わたしの身体のストレス反応の王道はお腹を壊して発疹が出ることだから、少なくともこのコンボは食らう。

ブログ以外にここ一年頑張ろうとしていることがあって、それが写真だ。大学生の時に結婚式場カメラアシスタントとしてバイトを経験して以来、写真をけっこう真剣にやっている。機械オタクではないので機材への愛着はなく、自分の面白いと思ったものを瞬間冷凍するのに便利なメディア、というふうに捉えている。だから厳密にいうと「写真がやりたい」のではないのだと思う。もし絵で「視点を具現化したい」という欲求が満たされるなら、それを選んでいたとおもう。生憎そこまで卓越した絵を描く能力も集中力もない。これまでは旅スナップやポートレートを自主的に撮り、そのほかにウェブメディアで少し撮影をしたこともあった。でもそれ一本で生きていきたいという気持ちにはならないので、趣味兼複業の一つに収まっている。

写真は好きだしそこに表出される自分の視点も面白いと思う。だからそれを使ってコミュニケーションの補完とし、そこに共鳴してくれるような人と仲良く慣れたらいいなと思い始めたのが1年前くらいだ。だから撮影だけでなくて編集と印刷と展示についても真剣にうまくなりたいと思っている。デジタル写真は面白いと思ったものをどんどん切り取ることができて、性に合っている。だからそのツールをつかってもうちょっと実績を積んで、違う世界を見てみたいと思う。

ただ、人に評価を委ねるアウトプットが、今でもとても怖い。

最近写真を撮るときにも「これをどうするのか」といちいち考えることになり、それが嫌で写真を撮ることすら億劫になってきてよくない。

他人に「これをやりなさい」と指示されたことはそれなりにうまくこなせることが多い。テストの点を取ればいいお勉強関連、目的と目標が明確な仕事のオペレーション、人と関わらなくていい家事や手仕事などでは比較的いい成果がだせる。

ただ自主的にことを進めることがとてもとても苦手だ。わたしという存在は「視点」と「その表出」でしかないのに、自分の世界を適切に出力する様式を持ち合わせていないように思う。何をするにつけても「こんなことして何になるんだろう」って思ってしまう。

これは正直、周りの大人が役に立つと判断した事しかさせてもらえなかった子供時代を過ごしたからだと思う。もちろんこれは今のわたしが解釈しているわたし個人の経験と感情であって、「事実」ではないかもしれない。わたしの親はいろんな機会を与えようとはしてくれていた。

「役に立つ」事を指示され、それを達成し評価された人間は、その様式を再生しがちだと思う。その人にとっての成功体験が、そのままその人にとって心地いい正解になってしまうから。自分としては誰かに「正解」だと教えてもらったことが自分の正解になることはなかったし、だから抗いたいと思うけど、内面化された他者基準で「そんなことしてなんになるの、もっと役に立つことをした方がいいんじゃないの」と自分を痛めつけて力が出ない。

自分の内面を覗き込んだ時、そこには親の意図とわたしの欲求のズレがずっとわだかまっている。悩んだことがあったら親に相談したかったし、自分が正しいと思うことを理解してもらいたかったし、外で傷ついたらそれを伝えて慰めてほしいと思っていた。自分なりに挑戦し始めたことを応援して、なにか作り上げたらその出来にかかわら挑戦への勇気をほめてほしかった。それは贅沢なことだったんだろうか。今となっては、指示通りにできなかったことを叱責されたことしか記憶に残っていない。

わたしの妹はすくすくまっすぐ育ったから、親のやり方とわたしとは相性の問題だったんだろう。でも自分とおなじ景色を見ている人が周りに誰もいなかった夢想家が、親に喜んでもらいたくて一生懸命社会に馴染もうとした結果失敗して、本来合っていたであろう創作系の行為に振り切れることも、分業資本主義社会に馴染むこともできず、不眠にあかせて Twitter とブログに長文を書き連ねるだけの人間になってしまった感はある。

実は11月に写真の2人展をする。わたしが知人を誘ったのだ。人がいればなんとか達成できるだろうという心で。

きっと締め切りギリギリに、泣きながら制作を終わらせ設営をするのだろう、そういう未来が見えている。でも、やっぱりその想像はとてもしんどい。もう38日しかないのにまだ完成していない。

ギャラリーを借りて写真展をするのに、1週間のレンタル料を11万円払う。一人5.5万円。これでもかなり親切な方だ。

その金額を支払って交換にわたしは何を得ようとしているのか。このままでは「生産をするという消費」でしかなくて、滑稽だな、と思う。わたしは今、心を削りながら作ってどうするのか。どうしたいのか。