とっ散らかりぐせが直らない

 

先月ブログの下書きが170件を超え、これはそろそろなんとかしないと…と思って160件まで減らしたばかりだった。しかし今日、iCloudのメモ整理したらブログの下書きが180件を超えた。なんでこうなるんだ!!

放っておいて平気ならそれで問題ないのだろう。とりわけブログの下書きがたまっていようと誰も困らない、ただわたしが自分の不完全さを目に入れてまた頭をかかえるだけだ。何も考えずに行動すると散らかっていき、散らかっているのを目にすると気になって「ちゃんとしなきゃ…!」と自分を責めてしまう。我ながら面倒くさい。

このブログでも、気が散りやすいとか飽き性とか、さんざん悩み散らかしてきた。特にそれを思い知ったのは1年しかない海外大学院生活で専門の勉強と論文作成に集中できなかった時だ。出かける予定やエクストラの外部セミナーや異国での生活そのものに気を取られ過ぎた。

真にやらねばならないことが何か、は分かっている。ただどうしてもそれに手をつける前に部屋を片付けておかないといけない気になったり、なんとか机に向かったとしても「あっ、そういえば今月だったら大学でAdobeソフトの使い方講習を受けられるんだった」とそちらを優先してしまう。

その結果、一番大事な最終課題の論文を不満なクオリティのまま締め切り5秒前にすれすれ提出して、すれすれパスするなど、この性質自体が生活に悪影響を及ぼしている。なんとか制御下に置きたい。もうこれ以上好奇心に振り回されて疲れたくない。

どんどん拡散していって結局疲れてしまう自分の性分に対策を立てていないわけではない。毎日の時間の使い方のトラッキングを試み、タスク管理のために付箋を工夫して使ってみたり、時間割を作ったりしてきた。1年くらい色々やってみて、多少は効果がでたようにおもう。例えば、PCのブラウザタブが常時20枚開きっぱなしだったのがなくなった。あれ、しかしこれはタブを開きっぱなしだったらブラウザが重たくなりすぎてPCファンが物すごい音をたてて回るから、かもしれない。「その行動をやめないと詰む」と思ったらやめられるのか。

だとしたら、『課題提出が締め切り5秒前』は詰んでいないと認識しているということか…???落第していたら直っていたのかもしれないのか…。しんどい。

 

「あっ!!また気がついたら関係ない本を読んでる。今度こそ “新しいことを始めない” 、って決めたよね??? 一つ一つの事象にもっとゆっくり向き合え自分..いろんなことに手をつけ過ぎてとっ散らかってる。そしてサンクコストを考えろ自分、損切りしろ、これ以上リソースをかけるべきでないものを全部やめろ…」

毎日一回はそんなことを考える。

 

タスクの優先順位付け、タスクの小分けとスケジューリング、明確な目標設定とその達成度合いのトラッキング、それらが物事の達成にはとても重要だ。これが理解できているのに、実際に行動できない理由はいくつか考えられる。

わたしが何も達成できていないしタスクをこぼしまくる理由の第一位はもう分かっている。新しいことが楽しくて色んなことに手をつけ過ぎなのだ。目にするもの全てから新しい連想が生まれ、油断したらすぐ空想の世界に入り込んでしまう。そして生憎わたしは現在空想を売り物にする仕事をしてはいない。空想を売り物にするにも、空想を加工して商品にする手順が必要で、勝手に具現化してくれる助手はいない。

断捨離で有名なこんまり氏による「ときめくものは手元にのこし、そうでないものに感謝して捨てる」のメソッドにのっとって片付けてしまおうと思ったこともあったが、全てに愛着を感じてしまってよくない。あれは、「これ、まだ使うかも…」という “惜しむ気持ち” を乗り越えて片づけをする方法論だと思うけど、わたしの心のなかのみうらじゅんがつい色んなものを収集して楽しくなってしまう。

その次に、わたしときたら自分の持ち合わせているリソースをちゃんと分かっていない。いや、分かってはいるが問題は意志と規律心の弱さ、あるいはその二つの総合力を上回るアドレナリンジャンキーの狂気だ。つい夢中になって次々と目に入ってあ面白いものごとを手元にかき集めてしまう。

わたしの中にはいつも二つの思考が存在する。

「いいか、お前は30にもなって何も積み重ねてこれておらず、これでは安定盤石な自分の居場所を築くことができない。戦略的に、計画的に、社会に必要とされる人間になるんだ、そんなに体力も気力も多い方ではないのだから。」

「時間もエネルギーも今週はあまりない…でも今目の前にある素敵なことを逃したくない…でも体力が……まあいっか!なんとかなるでしょ。」

 

ゆっくりした発達は見られるので、絶望して全てを投げ出すところまではいかない。開き直ってクズの道を邁進することはできないけれど、夢描いているようにもうまくいかなくて、その間の摩擦に耐えられなくてこういう悩みをまた書き散らすことになる。昔はもっと気が付かないあいだに疲労が蓄積し、身体が耐えられなくなってダウンしたり、自分でも驚くほどに突然キレてしまうことがあった。

嬉しいことに、今は自分の状態をクリアに把握できるようになった。

「あ、肩こりがひどい。そこから感覚を巡らせてみると身体全体がだいぶ疲れているな。そういえば前回整体にいってからもう1ヶ月だから、明日の昼間に行ってこよう」

「あ、悲しい気持ちを感じるな。これは昨日会った人との会話に感じたモヤモヤを解消していないからに違いない。ちゃんと検討して2度と同じことが起こらないように言語化しておこう。」

『歳と共に丸くなる』というやつの正体は、心身ともにエネルギーが溢れ出すほど湧き出てこないのと、自分のキャパシティを正確に把握したうえで動けるようになるからだろう。歳をとってよかった。

 

わたしには今、書かなければならない書評がある。人と一緒に進めているプロジェクトの広報のためで、締め切りはないもののずいぶんと前にやると決めたことだ。しかしその書評を書く文体に悩んだ挙句手をつけるのを伸ばし伸ばしにしており、本を読んでから時間が経ってしまって内容に関しても穴の開いた記憶しか残っていない。それを目の当たりにしてイヤな気持ちになり、目を逸らした結果「やるべきこと以外に逸れてしまって目標が達成できない」というブログの下書きを消化するに至った。

ずっと遊んでいて、遊ぶのに疲れている。芋づる式にでてくる発想に振り回されて、なにも現実世界に落とし込めていない。新しい発想ができない人のためのスキルを説く本は多いけれど、ランダムな発想に振り回される人のための本ってあるのだろうか。あったら教えてほしい、ここから抜け出したい。助けて。

さて、これでブログを一本書いたので少々の達成感を、脳みその報酬系に与えることができたはずだ。

今月の残りはもう、新しいことを始めない。締め切りはないけれど滞っているタスクの墓場を掃除する。話はそれからだ。