ごろびよ、さいきん名実が伴っていない

 

最近忙しい。バタバタしている。ぜんぜん “ごろ寝日和” ではない。 “ごろ寝日和” っていうのは、このブログの名前だ。わたしも忘れかけている。

“ごろ寝日和” という響きだと、お日様のしたでのほほんとして暮らしている人間のように聞こえる。しかし実際は夜の闇の中でヒリヒリした内容を硬質で長い文章で書いている人間なので、人格と居場所にふさわしい名前ではないだろう、と自分でも思う。

そもそもこういう内容のブログになるとは自分でも思っていなかった。もっと日々の何気ない物事とか、目の前で起きていることを慈しむ目線を強化したいと思っていた。自分のことも、そういう人間だと思っていた。

しかし、頭に詰まりっぱなしで表出できなかった感情や意見を出せる場所にしたい、という気持ちが思っている以上に大きかったみたいで、それを心がけたらこんなことになった。『作りながら考える』の技法がこれまで全然わからなかったけれど、知らず知らずのあいだにブログで実践していたみたいだ。自分が衝動にしたがって作り出したものをあとから読み、無意識のうちにあるものを理解する。コロナ禍で全仕事がぶっとんだときに何かしようと思いブログを始めたわけだけど、思わぬ方向に転がっていって、これぞ人生、という感じがする。

このほとばしりは、言うなれば映画『千と千尋の神隠し』で汚れきった川の神様 “オクサレサマ” から千が引っ張り出したヘドロみたいだな、と思う。抑えていた(らしい、気づかなかったけれど)ことが文字になった瞬間に一気にあふれだして、それがだんだん怖くなくなってきて、いまのブログの雰囲気を形成している。最初はライフハックブログみたいなノウハウを書こうとしたり、ほっこりエッセイブログみたいなお出かけレポートを書こうとしたりしていたけれど、向いていなかった。

 

名前を変えるとしたら何にするだろう。あまりタイトルをつけるのが得意ではない。どうがんばっても社会通念的な 『まともな社会人』にはなれないから、”ぐだびよ”くらいが関の山なのかな。ゴロゴロしていないけど、グダグダはしているし…1日10時間ぐらいは横になってるのは事実だし…

そういえば、今日も眠気がひどすぎて習い事をすっぽかしてしまった。やることを詰め込みすぎると睡眠時間は9時間でも足りない。 ひとつの夢も覚えずに10時間寝てしまうのは笑う。睡眠の深さと睡眠時間の長さは自覚のないまま詰め込んでいる作業量のバロメーター。

それだったら『よく眠る三十路の日記』とかの方がいいのかもしれない。どこかにすでにありそう。

現在ブログが完全に私の内面の肥え溜めあるいは掃き/吐き/破棄溜めって感じだから、「すいせん」って名前に変えようかなと思ったことは何度かある。一見したら花の名前に勘違いしてくれる人もいそうだ。

まぁブログの立ち上げを一から十まで手伝ってくれた、ボス猫みたいな友達がつけてくれた名前だから、変えないのだけど。いつかどこかで名実ともなっていない理由を話すきっかけにもなるかもしれないし…。

しかしちゃんと水に流すから、清潔感があるように心がけていきたい。