CQをとりまく諸相について

 

ーお母さんの時代ってお腹から子供を産んでいたの?! 信じられない。どうやって赤ちゃんを体の中で育ててたの?産む、って痛いんでしょう?血も、あの透明の液体もたくさんでるでしょ、昔の人ってすごいなあ…

そう言ってカイリが遠くを見やる。過去の女性達の苦労に想像を巡らせて追体験しようとでもしているのだろう。

赤ちゃん、どうやって出てきたの?CQは上から開くじゃない。お母さんたちの口はそんなに大きく開かないでしょ。昔の人は、もっと大きい口だったの?

矢継ぎ早の質問に、ユーリは答えあぐねて苦笑する。どこから説明したらいいんだか。

カイリは、ユーリとミヤ、2人の間の子供だ。もう7歳にもなると、口も達者になってユーリをいつも質問攻めにする。人一倍強くのびた好奇心のアンテナを存分に活かして、世界を観察している息子をみて、ユーリは目を細める。

カイリは特に、この中央健康管理センターR棟に来る時は楽しそうだ。すくすくと育っている、妹になる予定の胎児に会うのを楽しみにしていると同時に、様々なかたちの機器が壁をつたい、様々な発達段階の赤ちゃんを見られるのが面白くて仕方がないらしい。誰でも入れる場所ではないので今だけの特権だ、と、ユーリはできる限りカイリを連れてここにやってくる。CQ5オーナー権は、胎児が十分育って出生され、健康確認を通過するまでという期限つきだから。

2050年のスイス=東フランス連合。女性が出産から開放されて、すでに15年が経っていた。女性の社会進出に革命的な恩恵をもたらした子宮型人工胎児養育装置CQも、もう5世代目だ。アメリカで開発されたこのデバイスは、その生まれ故郷では仮定形として富裕層に普及してきたが、スイス=東フランス連合では中央健康管理センターが一括で保有し、一時的なオーナー権を開放するという形式で市民の利用を促進している。個人主義の強い地域とはいえ、医療分野の統括は国家が進んで行なったほうが効率がいいし、CQは一生使い続けるものでもない。小さな国であることも影響して、自然原理主義者、不法移民以外のほぼすべての女性はCQを通じて子供を授かるようになった。

生理も、デジタル操作可能なマイクロチップを体内に埋め込んで安全快適に止めてしまえるため、子宮が出てきてからの生まれた女の子たちはほとんど自分の下半身が24時間ずっと血まみれで、またパッドでかぶれ、朝起きたらマットレスが血で濡れていた経験をしていない。教育的な目的で、娘の初潮がきてからマイクロチップを肌の下に入れる家庭もあるようだが、子供に苦労をさせたくないと言う親がやはり多く、ほとんどの人はワクチンとマイクロチップ挿入を赤ちゃん時に同時に済ませてしまう。だから、生理とその辛さは、ほとんどの子供にとって教科書で知るだけの知識になっている。

CQは、ユーリとミヤのような自己実現も叶えてくれた夢のような装置だ。

ユーリは精子の冷凍保存のあとでホルモン投与をし、CQ利用と卵子への人工授精をするかたちでカイリの『お母さん』になった。

CQ利用者は、受精卵を体内で作って取り出すより、より安価な人工授精を選びがちだから、子作りのプロセスは多数派の夫婦と変わりない。むしろわざわざ体内で受精卵を作って、愛の結晶をこの目で確かめたいというカップルの気持ちがユーリにはわからない。そういう儀式を通じることで安心する人もいるんだろうとうっすら頭で理解する。

違うのは、最先端の遺伝子編集技術を使ってミヤの精子の遺伝子と自分の精子の遺伝子を双方使った人工授精を行ったことだ。

ガラスの向こうの透明な液体に浮かびながらすくすくと育っていく妹をじっと見つめるカイリを見ながら、スイス=東フランス連合国籍を持っていて良かった、とユーリは噛みしめる。ミヤの出身国日本では、こうはいかなかったかも知れない。トランスジェンダーカップルの卵子提供ドナーを通じたCQ利用は日本では認められていない。『自然じゃないから』だそうだ。

お母さん、カヤが産まれてくるまであとどれくらい?

カイリが聞く。

5ヶ月だよ。こんにちはするのが待ち遠しいね。それからね、カイリ。かやが生まれる前に一度日本に行って、おばあちゃんにさようならしないといけないの、覚えているかい。だから、しばらくカヤに会えなくなるから、今のうちにいっぱいお話ししておいで。

CQによって女性が生理と出産から解放される一方で、より高度に整備された遺伝子医療により癌はほぼ寛解する病気になった。それゆえ、多くの人は身体と認知機能の衰えで死ぬのだが、死生観が技術の発達についていけてないのか、皆未だにいかによく死ぬか、に答えを見出せないでいる。

そんな状況で、長寿であればあるほど良いと評価されてきた東アジアの国々では、意識は遥か彼方に旅立とうとも、資金が尽きるまで体を活かしておく人も少なくない。アジアの島国日本ではベビーブーマーの介護問題と医療保険システムの圧迫が問題となっていたころでもあり、医療資源の浪費だ…という声がひろがり、政府も世界中から改善作を取り込んだ。おかげで、今では一人一台一人一人に最適化された健康トラッキングデバイスの類が安価で手に入るようになった世界唯一の国である。低所得者層には、無料配布もされるくらい、政府の必須インフラといった立ち位置だ。

一番主要なのは愛玩動物のようなコンパニオン型ロボットだ。AIによる日々の健康トラッキングと予防医療促進、そして介護労働現場の過半数を占める移民のための言語支援機能が搭載されている。そして、その可愛らしいロボットは、長く生きることのみを吉兆とするより、良く生きるとは何かの対話を重んじ、常に飼い主にそのことについて語りかける。

半年に一回、心理テストで、自分の死生観についてAIに聞かれるなんて面倒だと思うかもしれないが、そこは愛玩パートナーとして普段から密であたたかなコミュニケーションがあるから、心を開いた対話ができるのだ。

それを好まない人にはより尊い環境でじっくり思索できるよう健康情報管理システム搭載の薬師如来様が拝めるお寺まで出現している。

2020年代から徐々に、日本でも安楽死・尊厳死や、より良く死ぬ方法などについて考える国民が多くなった。しかしまだまだはっきり定式がない分野だから、健康法についてラディカルな考えの持ち主を含め、一人一人が自分の人生を自分で舵取りしたいが正解がわからない。

フランスの哲学者ミシェルフーコーがバイオパワー(生権力)という概念で国家が国民の健康や生命を管理する世の中について指摘してからしばらくたつが、パーソナライズができる AI が国に配布されるというバランスが、今の所いいようだ。カイリの祖母も意外との対話で自分の尊厳死の期限を100歳ちょうどに決めた。

おばあちゃんがカヤの魂になるかな。カイリは屈託なく笑い、ユーリはそれを眩しく見つめている。