今までの記事をアーカイブしました


メンタルの調子がすこぶる悪いのでまた今日からブログを書いていこうと思う。1年半ぶりだろうか。

気が狂いそうだ。そう思っているうちは狂わないのだろう、知っている。それなのに正気である状態とはなんとむずかしいのか。「八本足の蝶」で二階堂奥歯が同様の内容を書いていたのを思い出す。

今現在、本を読むこと以外何もできない。文章を追う没頭状態による忘我を期待するしか休まる術がない。小学生時に戻ったのか。

本を読むことだけはできるのが皮肉だ。それを、羨ましいと無邪気に言う人もいるだろう。それを想像するだけで傷つく。弱りすぎている自己と内向きの攻撃力の鋭さに笑ってしまう。合理的でないからやめてほしいが、懇願する対象がどこにあるのか皆目つかないから困る。


とにかく、認知行動療法的なのか作業療法的なのか分からないけれど、文章を作成することで能動的に手を動かせる日常に持っていきたい。2020年9月から1年ほど書き続けることが成功したことで、ここなら気安く、手ぐせで文章を連ねることができる。

やっぱりまともに復帰したい…社会、とまではいかないけれど、少なくとも近しい共同体には。社会が怖くなくなる日は来るんだろうか。みんなどうしてたくさんの人の眼差しがあるなかで笑って生きていられるんだろう。「みんな」って誰だ。
とにかく、健やかな人間が全部怖いし接すると大変に疲弊するのは本当によくない。


今までの記事は全てアーカイブした。
検索流入にすらビクつくのがつらくなってしまった。

にもかかわらず公開状態でしか文章を完成させることができないのはどういう心理状態なのだろう。誰にでも見える状態にしておきながら、誰にも見られたくない。誰かにわかってもらいたいけれども批難・嘲笑される妄想に囚われているのか。なんにせよよく分からない捻じ曲がった状態にあり、解決方法はわからない。

どうしてここまで落ち込んだのかの理由は多岐にわたるし、その大半を把握しているつもりだ。多くは澱のように溜まった些細な違和感が腐ったもの。

それから最近、大きな存在の人間たちが私の世界を出たり入ったりした。数ヶ月にわたって続くそればボディーブローのように効いてきている。事実としてボディーブローを受けたことがないから、この比喩は合っているんだろうか。


ブログドメインは2023年8月に切れるようだ。その時に全て捨て去りたい。そうでなければ、墓標として役に立てばいい。