回避行動の渦

 

現状困りごとがないはずなのに鬱っぽい。人と心やすらかに会話ができなくなっており、その進行を感じる。それが非常に近しい友人や恋人であってもそうだ。億劫に感じてしまう。家族とは関係が悪いわけではないが、もとより何かを相談し感情を明らかにしてよりかからせることを許可される生育環境ではなかったので辛いときの支援に数える候補にも入らない。

何者でもないまま、生きてきてしまった。それを変えようともがくほど、物事を進めたい気持ちが横へそれて意味のわからないところに辿り着き、また己に落胆する。現状そんな感じだ。怖いから、目の前に膨大なタスクの山が見えてしまうから、長い年月がかかりそうだから、向かいたい方向を避けているのがわかる。わかっていても進めないこれはどうすればいいのか。スキーマ療法が必要か。

結局薬物療法なのか。性質として明らかに精神障害手帳案件だろうから。まず発達障害、そのうえに二次的障害が発生しているんだろう。好奇心が暴発しているのでそこはADD、人との距離感が掴みきれず、自分が引き受けるべき範囲を境界線で囲みきれない感じが受動型ASDか。体力も精神力も少ないのに過敏な感受性と散漫な集中力によって取り込む情報量は多く、すぐダウンする。

そして、そのへばり方が悪い感じになってきた。年齢を重ねるとマシになるのかと思いきや、どんどん色々なことが無理になってきているような気がする。これまでは他に選択肢がなかったから耐えられたこと、反抗心や怒りによって再起できていた部分で、立ち上がれなくなってきている。

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あと10分で人に会わなければならない。とてもしんどい。とてもいい子なのだけど、自分の内面のことをよく喋る8歳も若いひとだから、もう残存がない社交力を、きっと魂を削り出してカバーしなければならない。

また明日は、恋人とイベントに出かける予定にしてしまった。自身が心の不調を来していたところから回復傾向にあるその年若いひとが楽しみにしている様子があり、断れない。そんな人間を心配させることはできようがない。他者に負担をかけたくない私の性分的に、また余計な「歳上としての姿勢」を目指す義務感のせいでもある。

来週の平日、2年ぶりに予約を入れるべきだと思う。私に発達障害診断をやんわりと下し、処方箋も出せると言ったクリニックに。今日は電話番号を調べるところまでしかできなかった。どうも電話をかけるところまでできなかった。電話は苦手だ。それが自分に「病歴がつく」かもしれない以前の話として。

病歴がつく、のもとても嫌なんだろう。生きる上で心やすらかになるだろう方法に手を出すのを2年間のばしのばしにしているのだから。会社組織での仕事がつとまるような履歴書であるわけでもないし、今更なにを怖がっているのだと理性はいうが、奥底で自分が恐れているのはアイデンティティの変質だ。「発達障害である」という概念を認識や事情の根拠に据えるようになるかもしれないというのがあまり嬉しくない。その言葉の見た目や直接の意味や含有するイメージ全てに当てはめられたくない。

とにかく出かけなければ。また遅刻だ。人を待たせてしまう。